『I love you.』

■ ■ ■

その日はとても寒かった。あの地味に広い自室で一人では寒くて過ごせないくらいに。なのであたしは今、総督たる晋助の部屋に入り浸っていた。勿論、部屋の主たる晋助は窓縁に腰掛けいつものように煙管をその手に持っている。今日はまた子さんや万斉さん、それに岡田さんや武市さんまでも任務なので、あたしは暇を持て余していたのだ。季節柄、窓も開けず煙管を燻らせている晋助の所為で、視界はこれでもかと言うほど霞んでいる。そんな中で本棚から適当な本を手に取り、パラパラと捲ってみた。

「……あ、」

そう言えば、『I love you』の訳の仕方で変わった物があったなと、どうでもいいことを唐突に思い出した。いきなり声を上げたあたしに怪訝な視線を投げかける晋助。それに便乗して、あたしは少しからかい口調で尋ねてみた。

「晋助、夏目葉石は『I love you』を何て訳したか知ってる?」

あたしが本から目を離さずそこまで言うと、背後で晋助が立ち上がる気配がした。

「――眞喜」

振り返ると、晋助は煙管を持ったまま無言で『ついて来い』と言っていた。





甲板から見上げる夜空は雲ひとつ掛かっていない晴天で、澄んだ空気のお陰で月が綺麗に輝いていた。半月より少し円いその月を見て、わざわざ月の下まで連れてきたということはそういう意味だと取っていいのかなぁと変な事を考えてしまう。静かに晋助の隣まで歩いて行って、今し方思いついた質問を投げかけてみた。

「晋助なら何て訳す?」

あたしの問いに晋助は、あたしの頬に手を添えて囁いた。

「……俺の左目になれ」

晋助の手がひんやりとしている事から、あたしは自分の頬が想像以上に紅潮していると思い知った。照れを隠す為か、晋助の手に自分の手を重ねながら、眞喜はおどけて笑ってみせる。

「ちょっと臭い」

そう言ったあたしに晋助は怒った様子も見せず、元からくせっ毛の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「煩ェよ」

月に照らされた晋助の顔があまりにも格好よくて。何故か悔しくなり、あたしは晋助の肩に手を置き、晋助の左目にキスをした。これだけで――というより、これだけすれば流石に晋助にもあたしの言いたい事が伝わったらしい。頭と背中に手を回して、そのまま唇にキスをされた。頭の隅で、偶にはこういう情緒があるのもいいなぁとか、場にそぐわない事を考える眞喜であった。