一夜君と語るは十年書を読むに勝る

■ ■ ■

京の町から大分はずれた大きな港。

こんな場所でも鈴虫の羽の音が届いてくる。

港に停泊した船の窓から身を乗り出せば、

そこにはふたつの月が輝いていて。

秋空に浮かぶ立待月と水面に映る儚い月。

以前――屋敷に軟禁されていた頃は木枠越しにしか見えなかったもの。

少し背伸びをしたら触れられそうで、
身を乗り出したまま手を伸ばした。

「――あと、もうちょっと―……」

全貌は本でしか見たことの無かった月……

それが自分の手に届きそうで、更に踵を浮かせる。

「――……身投げでもするつもりかァ?」

あと少し――と思ったところでいきなり声を掛けられ部屋の入り口を振り返った。

そこには私を軟禁から解放し、私を新たな檻で囲った人物が

口許に妖しい笑みを湛え立っていた。

煙管を片手に煙を燻らせながら私に近づいてきて。

目の前で立ち止まったかと思うと、強引に唇を重ねてくる。

いつもと違って合わせるだけの口付け。

高杉晋助は直ぐに私から唇と身体を離すと私の頭――如いては髪に優しく触れ

言葉を放った。

「俺ァお前を死んでも離さねェ」

――知ってる。

「そしてお前も、俺から離れる事なんざできやしねェ」

それも、分かってる。

それはほんの少しの自由を私にくれたからじゃない。

一生本棚と檻に囲まれて生きた筈の私には生まれることの無かったこの気持ち――


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