崖より
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シルヴァラントのある山岳地帯。下には緩やかな川が流れる深い谷。その真上には古い吊り橋がかかっている。そしてその傍らでは、世界再生の神子≠フ一行が魔物と戦っていた。左右に鎌が2本づつ生えている巨大な蟷螂のようなそれは、一体だけで神子一行を崖付近まで追い詰めていた。
前衛にはロイド、クラトス、眞喜が、後衛にはコレットが構え、リフィルは更にその後ろで怪我を負ったジーニアスの回復についている。
ロイドが魔物に切りかかる瞬間を狙って、クラトスが術の詠唱に入った。それとほぼ同時にロイドの斬撃が魔物の鎌状の腕部に直撃する。……が、それよりも一瞬早くロイドの腹部に魔物のもう一本の鎌の峰がめりこむ。
「!!」
ロイドはそのまま後ろに吹き飛ばされ、コレットの真横に倒れこんだ。
「ロイド!!!」
コレットの悲痛な叫び声が山岳に木霊する。そのことで皆に一瞬の隙ができたのを見逃さなかった魔物は、左鎌をクラトスに向けた。
「くっ!」
――防御が間に合わん……!!そう思った瞬間、クラトスの目の前に眞喜が飛び込んできた。
「粋護陣!!」
眞喜は一瞬で扇子を体の前に広げると、その扇子が魔物の攻撃を吸収する。しかし、もうひとつの左鎌が斜め下から眞喜の右腕を切り裂いた。
「眞喜!!」
離れたところでジーニアスが叫ぶ。眞喜とクラトスはそのまま谷の真上まで吹き飛ばされてしまった。
「クラトス!!眞喜っ!!」
谷の中の川に落ちていく中、即座に扇子を広げる眞喜。それで落下している先に強く仰ぐ。
「風凛昇華!!」
そう叫ぶと眞喜とクラトスを風が包み、落下の勢いは殆ど打ち消された。薄い水面に叩き付けられることは避けられたが川から数センチのところで風は止み、大きな水飛沫をあげる二人。
「いたたたた…」
先ほど怪我をした右腕を押さえながら上半身を起こす。腕からはこれでもかというくらい血が溢れ出ていた。
「…………」
落ちてきた所――崖の上を見上げる。戦闘はまだ続いているのだろうか。だとすれば、はやく戻らなければいけない。
「…すまないが、そろそろ退いてくれないか?」
「へ?」
気づくと、眞喜は半分クラトスに覆いかぶさるように起き上がっていた。クラトスも上半身を起こしているので、半分抱きついている感じ。
「はわわっ!!ごっ、ごめん!!!」
そういいながら後ろに飛びずさる。辺りを見回すと、ここは浅い川で崖の傍には木々が生い茂っていた。
「よかった…。死んでない…」
安堵の溜息を零す。その瞬間、眞喜の体が大きく傾いた。体がふらりとバランスを崩して倒れそうになるのを、クラトスが受け止める。
「さっきの魔物の毒がまわったのか…?」
眞喜の体が熱い。どうやら先ほど戦っていた魔物には毒があったようだ。ふぅ、と軽い溜息を零し再び川に浮かんだ扇子を拾い上げて、眞喜を抱き上げる。辺りを見回すと、茂みの中に洞窟があった。
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「ん……」
後ろで、眞喜が起き上がる音がする。どうやら目が覚めたようだ。
「ここは……?」
まだ意識が安定していないのか、少し弱い声で眞喜が聞いてくる。振り返らず、目前にある焚き火に視線を落としたまま答えるクラトス。
「ここはあの川の近くにあった洞窟だ」
少しの間、沈黙が流れた。
「きゃあっ!!」
眞喜が悲鳴をあげて立ち上がる。それもそうだ。眞喜は、下着だけで寝ていたのだから。洞窟についたとき、服を乾かすために服を脱がしていたのだ。そして、その上から乾いた眞喜の服とクラトスのマントをかけていた、というわけだ。服を着終わった眞喜がクラトスの横に腰を下ろす。焚き火の横に薬草を調合した痕跡があるのを見て、眞喜がクラトスの顔を覗きながら言う。
「クラトスがあたしの怪我を治して解毒までしてくれたんだね。ありがとう。……でもよく解毒の仕方なんてわかったね」
「私は傭兵だ。旅をするために必要なことは大抵心得ている」
「へぇ……。博識なんだね」
洞窟の中を改めて見回す眞喜。洞窟の外は漆黒に覆われていた。
「そういえば……」
眞喜は何かを思い出したように呟くとにやけた顔で再びクラトスの顔を覗き込む。
「クラトス、ロイドがやられた瞬間、一瞬動揺したでしょ?」
「……そう見えたか?」
視線を焚き火に向けたまま答える。
「それに、あたしが吹き飛ばされたときもクラトスなら避けれた筈でしょ?もしかして、あたしを庇って一緒に落ちたんじゃないの?」
すると、眞喜のペースに乗せられたのか、クラトスの頬が思わずほころぶ。
「買いかぶりすぎだ」
眞喜は、「そう?」と言いながら立ち上がると、洞窟の壁にもたれかかって眠りに就いた。やはりまだ完全には毒が抜けていなかったようだ。洞窟を出たクラトスは、夜が明けるまで星空を見上げていた。
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「眞喜、クラトス!!」
夜が明けて洞窟を出た眞喜とクラトスを、ロイドが見つけた。どうやら魔物には無事に勝利し、朝になってから探しに来たらしい。
「無事でよかったよ、二人とも」
ロイドたちが歩み寄ってくる。眞喜は小走りでロイドたちに駆け寄り、クラトスは少し遅れて歩いていった。
今回の収穫
クラトスの本質……?
「あはは……、惚れなおしちゃった」