梅見

■ ■ ■

桜にはまだ早いこの季節。しかし江戸のいたるところでは梅の樹が満開だという。そこで眞喜は、恋人である万斉から梅見に誘われていたのだが、

「遅い」

河に沿って植えられた満開の梅。それに丁度面する甘味処にて、眞喜はひとり待ち呆けていた。万斉は音楽プロデューサーと鬼兵隊とを兼ねている故仕事が忙しいのは理解している。しかし自分から誘っておいて何刻も待たせる事はないであろう。

「はぁ……」

深い溜め息を吐きながら、眞喜ははらはらと時折散りゆく梅を見遣った。急な仕事が入ったのかもしれない、そう思案ながら、あと半刻もしたら家に帰ろうと決める。先程運ばれてきた緑茶を啜り、冷える体を温めて。湯呑みを手にしたまま近くに落ちてきた花弁を摘みあげた、その時であった。

「眞喜殿」

諦めかけた声が耳元で囁かれた。

「っ、万斉さま!?」

「済まぬ。随分と待たせてしまった様でござるな」

驚く眞喜を余所に、万斉は眞喜の隣に腰掛け彼女の頬に触れる。彼の手に自分のそれを重ね、眞喜は嬉しそうに目を細めた。

「遅いです、万斉さま」

「済まぬ」

愛おしげに眞喜を抱きしめる万斉。

「しかし、もう日が暮れてしまいます」

遅れはしたものの来てくれた万斉にしかし、暮れかけた日に目をやって至極残念そうに眞喜は言った。その悲しげな視線を受けて、万斉は眞喜の瞳を覗き込む。

「心配いり申さん。夜桜ならぬ夜梅も中々乙なものでござるよ」

「万斉さま……。しかしこの季節、夜は冷えます」

「そう言うだろうと思い被布も持ってきている」

万斉は脇に抱えていた被布を眞喜の肩に掛けると、被布ごと眞喜を抱き顎を持ち上げて笑ってみせた。

「それに、何なら拙者がぬしを温めてしんぜよう」

やがて完全に日は沈み、甘味処が閉まった後もふたりはたっぷりと夜梅を堪能した。