宙〜そら〜

■ ■ ■

すっかり夜の帳が降りて、窓の外は恐らく満天の星空だろう。地上に明かりが多いこの街ではそれを見ることは叶わないだろうが。自室で今日の宿題をこなしていた私は、リビングにあるスピーカーから流れるチャイムの音で顔を上げた。インターフォンに出ることなく真っ直ぐ玄関に向かう。玄関に付いている覗き穴から外を覗くと、そこには彼がいつもと変わらぬ微笑を湛えて立っていた。チェーンを外して玄関を開ける。

「古泉くん……?こんな時間に何しに来たの?」

ワタシの当然とも言える疑問に、彼は心なしか愉しそうな笑顔で答えた。

「少しお付き合い願えますか?それから、僕のことは『一樹』とお呼びください」





多分一樹と私は俗に言う『恋人』という関係だ。彼の自転車の荷台に乗った私は、彼が持ってきた天体望遠鏡を背負っている。

「坂ですよ。落ちたくなかったらしがみついてくださいねっ」

そい言って彼は、北校前の坂道に負けず劣らずの坂をこぎはじめた。





「一樹……大丈夫?」

坂を登りきった時、流石の彼も汗だくになって息を切らせていた。背中をさする私を、彼がいつもと違う真剣な眼差しで見つめてきたので不覚にも心臓が高鳴ってしまう。

「貴女が僕にキスしてくれたら、治るかもしれま――ぐッ!」

彼が言い終わらない内に、私は彼に肘鉄を喰らわせてしまっていた。

「ふざけんなガチホモヤロー」

「っはぁ……。いや、すみません。つい貴女が可愛くて」

「っ……」

くそ、そんな可愛い顔で私を見ないでよ。いつもの軽薄そうなものとはこれまた違う、見る者の血流を促進させるような笑顔。そのまま自転車を停めると、彼は私の手と天体望遠鏡を持ち、坂の上の広場、その中央へと引っ張って行った。

「少し、待ってくださいね」

そう言って天体望遠鏡をセットしだした彼。家に来た時から思ってたけど、やっぱり天体観測するんだ。

「終わりました。どうぞ」

手早く準備を終わらせた彼は手を差し出し、私はレンズを覗く。

「綺麗ね……」

私が見たのは、名前もわからない青い星だった。

「以前、貴女は空が好きだと仰っていましたので、こうでもしないと最近は街の光で星の光が消されてしまいますから」

「そう……。ありがとう。嬉しい」

私が素直にそう礼を告げると、彼は執事がするように礼儀正しく一礼した。

「喜んで頂けて光栄です。今宵は貴女の為の夜です」

……よく恥ずかしげもなくそういうこと言えるなと思ったけど、彼の顔はほんのりと赤くなっているように見えた。


そしてその後、私と彼は空が白みはじめるまで様々な星を見上げていた。