初めての手料理

■ ■ ■

「ああ……今日もすっかり遅くなってしまったな」

現在時刻は午後10時過ぎ。近々行われる会議の資料を用意してたらすっかり遅くなっちゃった。ま、きちんと残業代も出るから構わんのだけど。……やはり大きな会社なだけはあるなぁ。自分がこの会社に引き抜かれる以前は伊達政宗社長と片倉小十郎副社長だけでこの量の仕事をこなしていたなんて、まったく驚きだよ。

「……さて、終電が出ちゃう前に急がないと」

こんな時間になるともう警備員さんくらいしかいないからな。よし、オフィスの戸締まりOK。もう流石に慣れたけどこの暗い建物の中っていうのはアレだ。なんとなく夜の学校を思い出させるな。ウチの学校には無かったけどさ、よくある七不思議。人体模型が一人でに歩きだすとか、いきなり後ろから追い掛けられるとか。

「――田中」

「うわっ!!」

ほほほほ本当に居たー!学校でも無いのに!!自分っていつから霊感あったんだ!?全然気づかなかったよ!

「おい、田中」

「自分何も故人から怨まれるようなことしてませんよ!――って、」

「てめぇ、何一人で騒いでやがる」

「かっ、片倉さん?」

う、わー……。恥ずかしっ。思いっきり勘違いしちゃったぜ。その眉間の皺からして自分が何をどうして騒いでたかは気づかれてないみたいだけど、こんな時間に何してんだって感じだろう、きっと。……あれ?こんな時間?こんな時間に会社で何してんだ、この人?てっきり社長を送って帰ったものとばかり。

「政宗さまがお前を家まで送ってやれと仰ってな」

おお、読心術か。全くこの人はいつも必要で的確な情報をくれるぜ。

「いいんですか?」

「ああ。別に初めてってわけでもねぇだろう」

確かに。片倉さんに家まで送ってもらうのは初めてじゃない。しかも仕事の関係で社長と片倉さんの家にお邪魔したこともあるし……。まぁ、知らない仲でもないし、何より副社長が直々に送ってくださると仰ったんだ。お言葉に甘えよう。

「そうですね……じゃあお願いします」





「ふはー……」

相変わらずふかふかだな、この車の椅子。ウチの安物のソファにも勝るぜ。……やっぱ、街中はこんな時間でも明るいな。ウチまで行くと住宅街だから明かりが少なくてちょっと怖いんだよなぁ。なんてことを考えてると、コンビニの看板が視界に入った。あ、晩御飯買ってかないと。

「片倉さん、どこでもいいんでコンビニ寄ってくれると助かるんですが」

「構わねぇが」

「ありがとうございます」

今日はもう自分で作るのがしんどい……。って、実は自分で作る方が珍しいんだが。大概は何か買って帰るからなぁ、自分。見事なハンドル捌きで狭い駐車場に車を停め、片倉さんが車から降りた。片倉さんも何か用事あるのかなぁ。とか、心の端で考えながら、車のドアを閉め、コンビニの自動ドアをくぐる。
弁当弁当……。って、碌なのがないじゃないか。お好み焼きに唐揚げ弁当、生姜焼き弁当にナポリタンて……。……生姜焼き弁当でいいか……。しかしコンビニ弁当っていつ見ても野菜が少ないな。自分は別にベジタリアンてわけでもないからいいんだけど…。

「……おい、田中。お前、いつもそんなモン喰ってんのか?」

「え?まぁ、はい……。大体いつもこんな感じですよ?」

何か問題でもあったか?ていうか、いつからここにいたんだ片倉さん?あ、眉間の皺が若干濃くなったぞ。

「……野菜が少なくねぇか?」

あぁ、そういうことか。だってなぁ……。

「野菜そんなに好きじゃないんですよ。どっちかっていうと避けたい派なんです、自分」

あ、眉間が逆ヒマラヤ山脈に……

「…………あの……何で自分は頭を鷲掴みにされているのでしょうか」

「てめぇ……俺の前で野菜を否定しようなんざ、いい度胸じゃねぇか」

「――え!?ちょ、あの!!」

なっ、何でヤクザモードに入ってるんだこの人!?頭掴んだまま引きずるなよ!ちょっ、痛いっ、いたたたたた!大体片倉さんまだ何も買ってないじゃないかああぁぁぁぁぁぁぁ!!





「さぁ、入れ」

「…………お邪魔しまー……」

……さて、どうして自分は片倉さん宅に強制連行されてんだ?しかも弁当買ってねぇよ。まあ取り敢えず、靴脱いで上がらせて貰おう。

「おお……」

外から見ただけでも結構大きかったが中に入ると益々広く感じるな。

「その辺に座ってろ」

リビングらしき部屋に入った途端命令されてしまった。威圧感に押されながらもソファに座り、部屋の中を見回す。お、ここはリビングというよりリビングダイニングキッチンか。ばっちりカウンター越しに綺麗なキッチンが見えるぞ。
……………。…………。……あ、今お腹が鳴った。

「ちょっと待ってろ、今から飯作るからな」

「とわはっ!」

「?何語だ、ソレは」

……驚いたが故の奇声ですよ。いつの間に自分の後ろに居たのかと振り返ると、片倉さんは濃い緑のエプロンを着て袖を捲っていた。エプロンも相当似合ってるけどこの人は割烹着も似合いそうだな。何となく。そんなこんなを頭で思っているうちに、片倉さんはキッチンへ。テキパキと手際よく食材を冷蔵庫から取り出し、小気味いい音を立てながら切っていく。……あぁ、こういう規則正しくて軽やかな音聞いてると眠気が襲ってくるのも人間の性なのかね……。ここは人んちだぞ。
寝たら流石にマズイだろ。……上瞼と下瞼が……お互い手を取り合おうと……して……。ダメだ……いい匂いがしてきた……。成り行きとはいえ片倉さんが折角晩御飯を作って下さってるんだ。……あれ、実はコレって凄く申し訳ない状況なんじゃないか?夜送ってもらうだけでもアレなのに行き成り晩御飯まで頂いちゃうなんて……。もしかして自分はもう帰っちゃった方が……。
……。………………。

「……い、田中。――起きろ、田中」

「……んぐっ、……う……?」

……はっ、いつの間に寝てたんだ、自分。

「……お前、大分疲れてんじゃねぇか?」

「わわわわっ、すみません、片倉さん」

コレは絶対呆れられてる。まさか人様の家に着てまで眠りこけてしまうとは、どんだけ図太い神経してんだか。急いで――というよりほぼ反射的に立ち上がり、頭を下げる。しかし片倉さんはそれを制止するように声を発した。

「あぁ、いや、気にするな。俺は別に構わないが……いや、一人暮らしの男の家で無防備な寝顔を晒すのは余り好ましくないが……」

おや?片倉さんひとりで勝手に思考の海へダイブしちゃったぞ。だけどそこはやっぱり片倉さんだ。直ぐに復帰して再び視線を投げかけてくる。

「で、飯どうする?今晩はもう家まで送るか?」

「いや、そんな、とんでもないです!片倉さんのついでとはいえ折角作ってくださったのに勿体無い!頂きます!」

自分が勢いよくそうほざくと、片倉さんは安心したように表情を緩めた。――ん?緩めた?今のやり取りの中一体何処に和む所があったんだ?

「そっち座れ」

「あ、はい」

いつの間にかテーブルの上には片倉さんお手製と見える料理が並べられている。豪勢なんだが時間帯を考慮してか、そんなに量は多くない。両掌を合わせて

「「頂きます」」

黙々と食べ始める片倉さんに倣い、自分もお菜に箸を伸ばす。

「……ん、」

美味しい!結構疲れてて食欲もあんまり無いはずなのにぐいぐい箸が進むぜ、この料理たち。
もくもくもくもく……
もぐもぐもぐ……

「……くっ」

はう!笑われた!?

「どうだ、上手いか?」

「はい、とっても美味しいです!」

「そうか、ならいい」

うん?一体何が良いんだ?片倉さんは満足げに笑ったかと思うと今度は笑いを押し殺したような顔で食事を再開した。……何なんだ、今日の片倉さんはイマイチ読めない……。いやしかし、この料理美味しいなぁ。よく見ると野菜たっぷりだし、片倉さん野菜好きなのか?
……そういえば、自家栽培をしてるみたいな話を社長としてた気がするな。ということはこれは片倉さんが作った野菜たち……?野菜と片倉さん……。

「……ぷ」

「……どうした?」

「あっ、いえ、なんでもないです、美味しいです」

野菜たちを愛でる片倉さんを想像してつい吹き出してしまったぜ。しかも動揺して意味のわからん言い訳してるし。とりま、この分なら直ぐに食べきれるな。

「……っふ〜……ご馳走さまでした」

いやぁ、本当に美味しかった。こんなに野菜食べたのっていつからだっけかな?

「お粗末様だ。……御馳走様」

片倉さんも食べ終わり、私と同じように箸を置く。そして立ち上がり、食器を重ね始めた。

「家まで送るの、食器洗ってからでいいか?」

「――え?あ、自分も手伝います、片付け!」

ご馳走になっておいて何もしないなんてとんでもない!片倉さんは「直ぐ終わるからいい」と言うがそれでは自分の気が済まん事を伝えると、渋々ながら承諾してくれる。取り敢えず自分の分の食器を抱えてシンクへ。

「俺が洗うから田中は拭いていってくれ」

蛇口を捻りながら、片倉さんから布巾を手渡された。洗ってすすがれた食器を受け取りながら、片倉さんの横顔をちらりと盗み見る。

「……今日は本当に有難う御座います」

「いや、構わねえよ。俺とお前の仲だろ」

片倉さんと自分の仲?上司と部下の関係か?と言うことは片倉さんは部下なら誰でもご馳走するのか……?そう考えるとなんだか複雑だな……いやでも、あれだけ美味しい料理が作れるんだ。社長だけでなく色んな人が食べてもきっと絶賛なんだろうなぁ。

「美味しかったです、とっても」

食器に視線を落としながらそう言うと、隣で片倉さんの動きが一瞬停止する気配が。そして一瞬した後動きが再開された。

「……じゃあ、また食べさせてやるよ」

「……え?いいんですか!?」

まさかのお誘いに釣られ、恐らくはキラッキラした目で片倉さんを見上げる。片倉さんはきょとんと目をいつもより少しだけ大きく開いていて、浅く溜息を吐いたと思うと少しだけ顔を逸らした。

「お前……それは素でやってんのか?」

「?」

若干顔が赤く見えるのは気のせいだとして、何の話をしてるんだ、片倉さん。最後の食器を拭き終わって重ねると、水をふき取った手で頭をわしわしと撫でられる。

「俺の手料理なんざ、滅多に食えるモンじゃねぇぞ?」

そう言って笑う片倉さんは、いつもと違う雰囲気を醸し出していて何だか妙に胸の奥が疼いた。

ちなみに、片倉さんの手料理を食べたことがあるのは社長と自分くらいで、それを知ったとき自分がやけにるんるん気分になったのはまた別の話だ。