クッキーとオルガン
■ ■ ■
ある日の荒川河川敷。
毎週ミサが行われる教会のキッチンに、ふたつの人影が動いていた。
ひとつはシスター、もうひとつは眞喜だ。
ふたりは今、次回のミサの為にクッキーを作っているところである。
「さぁ眞喜、あとは焼くだけだぞ」
シスターはクッキーが綺麗に並べられたトレーを持ち上げ、オーブンに入れる。
眞喜は嬉しそうに微笑むと、『外の風に当たってくるね』と言ってキッチンを出ていった。
†
頭上から音譜を迸らせながら教会の廊下を行く眞喜。
シスターと作ったクッキーが焼き上がるのを心底楽しみにしているようだ。
廊下を進んでいると、眞喜は隙間の開いた扉を見つける。
その部屋をこっそり覗くと、中には大きめのオルガンが置かれていた。
『…!』
オルガンに近づく眞喜は、オルガンの上に無造作にも賛美歌の楽譜がある事に気づく。
シスターが毎日掃除しているのか、埃の全くないオルガンと部屋。
オルガンの前の椅子に座った眞喜は楽譜を広げ、鍵盤に手を置いた。
『オルガン…久しぶり…』
以前家にあるオルガンを弾いていた事を思いだし、譜面通りに指を動かした。
「賛美歌か…。久しいな」
『――っ!』
そう言って部屋に入ってきたのはシスターだった。
いきなり声を掛けられたことに肩を跳ねさせて驚いた眞喜だったが、自分に近づいてきたのがシスターだとわかると、その顔に安堵の笑みを浮かべた。
賛美歌の演奏を続ける。
「懐かしいな」
そう言って譜面に指を掛けた至近距離のシスターから、火薬の匂いが…。
『…あ』
――…でも、
クッキーの甘い香りがする…。
そう感じながらも、演奏を続ける眞喜。
眞喜の頭を優しく撫でて、シスターは言った。
「上手いものだな」