アドリビトム−自由−

■ ■ ■

辺りに充満した負の気が肌にピリピリとした刺激を与える。ネガティブネストに呑まれ行くゲーデの悲鳴を聞き、ディセンダー――眞喜はそれを追うべく立ち上がった。

「――行くのか?ディセンダー」

ディセンダーとしての役目を果たそうとする眞喜を振り向かせたのはニアタではなく、クラトスだった。傷だらけのまま頷く眞喜に、クラトスはゆっくりと歩み寄る。

「……そうか」

そう、静かに言ったクラトスは眞喜にファーストイドかけ、傷を治癒させる。眞喜はクラトスに「ありがとう」と礼を告げると、続けて

「さよなら」

と抑揚の無い声で別れの言葉を吐いた。クラトスは一瞬だけ苦い表情になるが、すぐに元のそれに戻す。そしてそれを隠すように口を開いた。

「……お前は戻って来るのか?」

その問いに、眞喜は一拍間を置いて応える。

「わからない。……私はディセンダー。私の存在は世界樹の意志によるもの。だからそれは世界樹次第」

言ってから、眞喜の瞳が僅かに揺らいだ。
ディセンダーとして生まれた限りその存在は世界樹に委ねると、役割として割り切ってきた少女。その少女が自分の意志を無言で吐露するのを、クラトスは見逃さない。気付いた時には、眞喜はクラトスの腕の中にいた。眞喜は驚きこそするが、抵抗の意は見せない。
世界に負が満ちたときに、それを浄化すべく現れるディセンダー。記憶を持たない世界の意志を、その役目を全うできるよう見守る。それが自分に与えられた役割で、だから今までは彼女のすることに口を出さないよう努めてきた。だがこの時は…今、この瞬間だけは、自分も彼女も、世界から与えられた使命を一時だけ放棄してもいいように思った。それは自分だけではなく彼女の思いでもあるようで、眞喜はおどおどとクラトスの背中に両手をまわす。眞喜の肩を抱く手にほんの少し力を籠め、クラトスはようやく口を開いた。

「……必ず戻ってこい。この記憶を保有したまま…」

負の渦巻く音の中、はっきりと耳に運ばれる言葉に眞喜はゆったりと頷く。ふたりは身体を離すと、ネガティブネスト、その中心へと目をやった。

「行ってこい、ディセンダー。そしてその役目を全うし、“アドリビトム”の一員として戻ってこい」

その言葉に押されるように眞喜は一歩を踏み出し、振り返る。


「その時は貴方も……“アドリビトム”の一員です」

眞喜がそう言って微笑むと、クラトスも同じように微笑んだ。そして眞喜は振り返り、ネガティブネストの中へと踏み込む。外界から隔絶される直前、眞喜は初めて彼からひとりのヒトとして呼ばれた気がした。

「……――待っているぞ、眞喜……」