キンモクセイ

■ ■ ■

10月半ば。その日、平和島静雄は荒れていた。過去に何度か彼が荒れたということはあったが、それは彼が嫌いな人物、折原臨也が関連していたからだ。しかしここ最近、臨也は大人しく新宿で行動しており、静雄本人にも苛立つ理由が分からなかった。

「クッソ…なんでこんなイライラしてンだよ……!」

「静雄、今日はもう休んでろよ」

仕事の最中荒れていた静雄を心配した彼の上司である田中トムは、静雄の肩を軽く叩いた。当然静雄は首を横に振ったが、トムの気遣いによりその日の仕事は打ち切った。


    ♂♀


『大丈夫か?何があったんだ』

心配そうにPDAを提示するのは、静雄のよき友であるセルティ・ストゥルルソンだった。彼女は続けてPDAに文字を打ち込む。

『また臨也のヤツか?』

その文を見た静雄は、ベンチに座ったまま俯き頭をくしゃくしゃと掻き毟る。

「違うんだ。今回はもっとこう……甘ったるいって感じで……」

説明に詰まっている静雄を見て、セルティは軽く辺りを見回す。ある事に気づいたセルティは、再びPDAに文字を綴り彼女独特の意思疎通をする。

『甘ったるいって……金木犀じゃないか?最近が頃合だからあちこちで咲いてるし……。ホラ、この公園にも咲いているぞ』

セルティは今いる公園の金木犀を指し示した。……金木犀。10月7日の誕生花……。花言葉は謙遜∞真実∞変わらぬ魅力=c…。以前セルティが見せてくれた花言葉のパンフレットにそう書いてあった。そして、この花を見て思い出すのはただ一人。


   ♂♀


前にセルティに相談したことがある。女性にプレゼントするのには何がいいか。成人していない学生で、アクセサリーなどはその人個人で好みがあるから難しいと言われた。だが、誕生花の香水なら軽くつけるだけでもいいという。生まれて初めて男として女性にプレゼントをした。彼女はとても喜んでくれた。……でも、彼女はもう居ないのだ。


   ♂♀


『静雄……静雄?』

セルティに肩を揺すられて気がついた。彼女のことを考えていた所為か、周りのことが視界に入っていなかったらしい。心配そうに顔を覗きこむセルティに静雄は精一杯の愛想笑いをしてみせる。

「ああ、悪い、考え事しててな……」

いつもの覇気がない静雄の声にセルティも心配を隠せないが、ある事に気づき驚いてPDAを静雄に見せる。

『静雄……涙が出てるぞ……』

「……あ……?」

静雄が自分の頬を手で擦ると、手には透明の水滴がついていた。
……あぁ、そうか……。オレは、こんなにも必要としてたのか……。
初めてこんなにも強く逢いたいと願った。公園の隅に植えられている金木犀に目を向ける。金木犀は唯風邪になびいて、涙に滲んでいた。
――眞喜……。


   ♂♀


 ――逢いたい、逢いたい

    でも逢えない

  孤独な胸に花は咲かない

    涙 涙

    熱い涙

 金木犀は色を滲ませてた