2017v-E

――ライフィセットから借りて読んだ本、『極所地域にあった俗習集・その3』に記してあったとある催し事をひとりで真似してみようと思ったのがついこの間。そして自分なりに四苦八苦して『相手』に渡すものが完成したのがついさっき。食事を終えたベルベット一行が各々の行動に移るのを見て、眞喜はテーブルの下で箱を持つ手に力を込めた。ベルベットとライフィセットとエレノアは散歩に出かけ、マギルゥはビエンフーを弄るために出掛けてここにはいない。そして、いつもアイゼンを心水を飲み交わしているロクロウは今、日課の稽古に出掛けたはず――声を掛けるなら今!

「アイゼン、私も一緒に飲んでもいいかな」

食後の心水を用意し始めるアイゼンに眞喜は声を掛ける。アイゼンは「珍しいな」と言って振り返り、二人分のグラスと心水を眞喜の座るテーブルに置いた。

「眞喜が心水を飲んでいるところは一度も見たことがないが、イケる口か?」

口角を上げてそう言うアイゼンに「一応飲めるけど、あんまり強くないんだよね」と苦笑いで返す。グラスを手に取るとアイゼンが琥珀色の心水をそれに注いでくれて、二人で乾杯をした。度数が高い心水を、酔ってしまわないように気を付けて一口だけ口に含む。そうしてとうとう、私は意を決して隠していた箱をテーブル上に出した。

「これ、お酒に合うチョコレートを作ってみたの。折角だからアイゼンと一緒に食べようと思って」

そう言いながら箱の蓋を取り去り、密かな思い人の前に自分なりに趣向を凝らして作ったチョコレートを晒す。何気にお菓子作りが得意なこのアウトローの舌はこれで満足してくれるのだろうかとどきどきしながらアイゼンの顔をちらりと覗いた。アイゼンは「ほう」と言いながらいつもと変わらない様子でチョコレートを一つその指で摘まむ。単純に本で読んだ俗習を真似ただけの行為でこのチョコレートが意味することをアイゼンは知らないはずだが、この手作りのお菓子を通じて自分の下心がばれやしないかと思うと心拍数が更に上がるのを感じた。そのどきどきを隠すように手元の心水を煽る。アイゼンが口に運んだチョコレートが咀嚼されて、飲み込まれるまでの時間が物凄く長く感じる。長い時間を掛けて一粒のチョコレートを食べ終わったかと思ったらアイゼンは次に心水を一口飲んでようやく口を開いた。

「美味いな。確かに心水によく合うチョコレートだ」

笑顔でアイゼンが言うのを聞いて、ほっと胸をなで下ろす。心水に合うという評価も嬉しいが、アイゼンが私の作ったお菓子を笑顔で『美味い』と言ってくれた事が何より嬉しかった。思わず表情を緩めて「よかった」と呟くとアイゼンは「一体何を入れたんだ」と問いかけてくる。

「少しだけ心水も入れてるんだけど、アイゼンの飲む心水に合うように香辛料も入れてるんだ」

上機嫌に私がそう答えると、アイゼンはなるほどと言いながらもう一つチョコレートを手に取って口にした。よかったね、私のチョコレート……。毎日試行錯誤を繰り返して研究した甲斐があったもんだ。そう心の中で大喜びしながらグラスを傾ける。

「お前も食べたらどうだ。自分で作った物だろう」

アイゼンにそう言われると断ろうという気など起きるわけもなく、私は自分で作ったチョコレートを口へと運ぶ。味見で食べたときより美味しく感じるのは実際に心水と一緒に食べているからか、それともアイゼンと一緒に食べているからか……。きっと最大の理由は後者だろうと思いながら、私はこのきっかけを与えてくれた件の書物に感謝した。


その後眞喜の用意した箱が空になった頃、眞喜は意識を失い机に突っ伏すこととなる。机ですっかり熟睡してしまった眞喜の頭を撫ぜながらアイゼンは穏やかな表情を浮かべた。急にどうして一緒に心水を飲もうなどと言ってきたのかは分からないが、わざわざ自分の愛飲する心水に合わせてお菓子を作ったのだと言う少女を微笑ましく思いながらアイゼンは椅子から腰を浮かせる。テーブルの上を片付けようと心水の瓶とグラスに手を伸ばすと、表に通じる扉からライフィセットが顔を覗かせた。

「アイゼン、眞喜は寝ちゃったの?」
「ああ。これから起こすところだ」
「あ、待って、アイゼン。眞喜が作ったチョコレート、実はね……」