人生そんなに甘くない?


「……今日はギモーヴのようですね」
「初めはクッキー、次はチョコレート、その次は……ときて今日はギモーヴとは。何やら段々とグレードアップしているようじゃが」
「一体いつまで続くのかしら……」
「あははは……」

食後のデザートに、と出されたお菓子を前に小さく呟く女子たち。本来なら嬉しい筈の甘味なのだが、いかんせんこの何日何週間と立て続けに毎晩日替わりで食べていると流石に飽きてくるというもの。それに何より気になるのは体重で。業魔であるベルベットと自称魔女であるマギルゥはともかく私とエレノアはそろそろ戦闘に支障が出るんじゃないかと気になってきていた。しかしながら、これを断るという選択肢はないわけで。

「……食べないのか?」

自前の鋭い目つきでそう問われれば本人にその気がなくとも脅しにしか見えない。四人で揃って「頂きます」と唱えてお菓子に手を付ける。……何が悔しいって、理性で糖分摂取を拒んだところでそんなもの、この美味しいお菓子相手には役に立たないということだ。

「うう……美味しい……」
「……今日も美味しいですね」
「あたしには味は分からないけど、珍しい食感よね」
「あの見た目でこのお菓子作りの腕とは……ギャップがありすぎて逆に引くわい……」
「…………あ?」

ぼそりと呟いたマギルゥをぎろりと睨み付けるアイゼン。どうしてそうもアイゼンの拳を自分から呼び寄せるような真似をするのかはさておき、ここまで毎日美味しいお菓子を振る舞われては女子形無しというものだ。以前に私が作ったチョコレートなど本当に大したものじゃないように思えてしまう。私たちからお菓子の感想を聞いたアイゼンは満足そうに口角を上げてその場から去っていった。彼の背中を見送った後、エレノアが私に向かって縋るような視線を向けてくる。

「眞喜、何とかして下さい!これ以上はもうダメです!動きが鈍ってしまうどころではなくなってしまいます!」
「ななななんで私なの!?」
「あの海賊相手にそのような交渉が出来るのなぞ、おぬしぐらいしかおるまいて」
「いやいや!それならマギルゥでいいじゃん!殴られなれてるんだから!」
「誤解を招く言い方をするでないわ!」
「なんでもいいから行ってきなさいよ……眞喜」
「結局私!?」

なんやかんやでアイゼンに物申す係は私になってしまった。なんだか生贄にされた気分ではあるが、仕方がない。これ以上体重が増えて戦闘で足を引っ張るわけにもいかないし、アイゼンにも嫌われたくないし……。そう考えながらアイゼンの後を追いかける。

「あ、アイゼン」
「……眞喜か。どうした」

振り返ったアイゼンは少し嬉し気で、動機は分からないものの自分の作ったお菓子が皆の口に合ってご満悦な様子。言うなら機嫌のいい今の内しかない。そう決心して口を開く。

「アイゼン、お菓子の事なんだけど……」
「どうした。口に合わなかったか?」
「そうじゃなくて……」

んん!?これ以上太るのはまずいからもう作らないでくれ、なんて言えないということに今更ながら気が付いた。どう伝えたものかとそのままフリーズしてしまう。

「どうして急に毎日作り始めたのかなー……って……」
「…………」

色々と考えを巡らせた結果出てきたのはまるで明後日の方を向いた言葉だった。無言のアイゼンから感じる謎の圧力に冷や汗が滲む。何かマズいことを聞いただろうか。段々と怖くなってきたその時、アイゼンが自身の口元に手を持っていき、一瞬だけ考えるような仕草を見せた後ようやく口を開いた。

「少し前、チョコレートをオレにくれただろう。その礼にと思ったんだが……」

だが、の後で一時停止するアイゼン。言葉を詰まらせるなんて珍しいこともあるもんだとその先を無言で待つ。

「ライフィセットから借りた本、最後まで読んだのか?」
「本……?」

ライフィセットから借りた本。最後に借りたのは件の『極所地域にあった俗習集・その3』だ。その本がどうかしたのかと思い、内容について思考を巡らせてみる。…………。

「――――あ!!」

『極所地域にあった俗習集・その3』。私が実行したあのページの次に書かれていた事を思い出した。『チョコレートを貰った男性は、その相手の気持ちに応える場合一か月後にお返しをする事もあった』。確かそんな事を書いていたような気がする。まさか、まさか。

「あの夜の内にライフィセットから聞いた」

短くそう言うアイゼンに私は言葉を発することすらままならず、真っ赤になっているであろう顔を覆う事しかできない。

「どうせならお前が好きなものにしようと思ってリサーチがてら作っていたんだが……そのうちオレの作ったものを幸せそうに食べるのを見ているだけで満足してしまってな」

恥ずかしげもなくそう答えるアイゼン。まさかそんな。棚ぼたのように知ってしまった事実にアイゼンの顔を凝視していると、ふとあることに気が付く。普段は色白を通り越して顔色が悪くすら見える彼。しかし今の彼は口元を手で覆っているものの、いつもより血色がよく見えるのだ。もしかしてアイゼン、

「赤くなってる?」

つい零してしまったその言葉。アイゼンは眉間に皺を寄せ、私の頭を鷲掴みにする。――あ、怒られる。そう思ったのも束の間、私の頭を掴んだ手は私の後頭部へと移動して視線をアイゼンの顔へと固定した。正面から見たアイゼンは相変わらずかっこよくて、つい見惚れてしまって。大きくなる心音が心地いい。そのまま無意識に瞼が降りる……と、

「ちょ!何をしてるんですか!」

突然のエレノアの怒鳴り声で弾かれるように後ろを振り向くと、隙間の空いたドアからマギルゥとロクロウが雪崩れ込んできた。倒れ込むマギルゥとロクロウ。その向こうには向かい合う私とアイゼンをハッとして見つめるエレノア。そして、後ろから感じるどす黒いオーラ……。私の気持ちが報われたこの日、夜空には拳骨の音がふたつ、大きく響いたのだった。