GOTAGOTA-night


それは長い旅の途中。重くなった荷物をそろそろ減らそうという事で、溜まりに溜まった換金素材や強化素材を整理していた時だった。

「……ねえ、ライフィセット。これだけ素材があればこの前読んでた本に載ってたアレ、作れるんじゃない?」

そう言って私が指さした炎石の細石や他の余った素材を見たライフィセットは少しだけ頭を悩ませた後大きく頷いた。

「そうだね。これだけあれば結構な数が出来ると思う」
「でしょ。炎石の細石なんて売ったってどうせ大した金額にならないんだし、試しに作ってみようよ」
「何を作るって?」

しゃがみこんで荷物を広げていた私とライフィセットの間に、唐突にロクロウが顔を覗かせる。

「二人でこそこそして、怪しいな」

そう言ってニヤニヤと笑みを浮かべるロクロウに、ライフィセットが両手を振って否定を示した。

「違うんだ、これだけ素材が揃ってるんだからアレを作れないかって、眞喜が」
「アレって何です?」

さっきの私と同じように素材を指さすライフィセット。騒がしかったのか、別の所で荷物整理をしていたエレノアが会話に加わって、私たちの前に広げられた素材を覗き込んだ。

「花火だよ」

私が端的にそう伝えると、

「ダメよ。危険だわ」

と、いつから会話を聞いていたのかベルベットが切り捨てるように口を出す。

「花火なら儂がどーんと景気が良いものを一発かましてやるぞい?」

ベルベットの過保護っぷりを見て肩を落とすライフィセットにマギルゥがいつもの調子でポーズを決めて言うが、ライフィセットは更に肩を落とした。

「クロガネにも手伝ってもらうし、安全には十分配慮するから、お願いベルベット」

ライフィセットの隣に立ってそう言うと、ベルベットは言葉を詰まらせて目を逸らす。「無視すな!」と言うマギルゥは放置してライフィセットの肩を軽く叩いた。多分もうひと押しな筈。

「お願い、ベルベット。炎石を扱うときは気を付けるし、それに……綺麗だと思うんだ。大切な人と見る花火って」


「と、いう事があったのさ」
「……そうか」

夜も更けたというのに、手持ち花火の灯りに影もなりを潜める甲板で何事かと眉間に皺を寄せるアイゼン。弁解、という訳でもないけど事の成り行きを伝えれば、彼は騒ぎながら花火を振り回す海賊たちに目をやった。

「アイゼンもどうぞ」

そう言って手持ち花火をアイゼンに手渡す。無言でそれを受け取ったアイゼンは蝋燭で先端に火をつけて迸る火花に目を落とした。

「どう?手作りにしちゃいい出来でしょ?」

自分の分にも火をつけながら笑って見せると、アイゼンも「まあ、悪くねえな」と目を細める。

「作る時にも誘ったら良かったかな」

ライフィセットの知識やクロガネの技術に助けられて花火の作成に問題はなかったけど、凝り性のアイゼンが居たら他にも色んな花火が出来たかもしれない。そう思いながら口にしてみたけど、アイゼンは

「オレが居たら無事に作り終える事はなかったかも知れんな」

と口角を上げた。……確かに、死神の呪いで作業場ごと吹っ飛んでたかも。じゃあ結果オーライって事か。そんな他愛のない会話に区切りが出来ると同時に手元の花火は勢いを失う。次の花火に持ち替えて、もう一度火をつける。今度のはさっきのと違って、ロクロウの故郷で有名な静かに爆ぜるタイプの花火だった。

「こういうのも風情があっていいよね」
「場所は海賊船の上だがな」
「あはははは」

何だかんだでアイゼンも花火を気に入ってくれているようで、次の物に持ち替えていた。手元の、時折ぱちぱちと音を立てて爆ぜるように火花を散らす花火を見ていると心が落ち着くというか、無駄に感傷的なものが湧いてくる。花火を作ってみようなんてただの偶感だったんだけど、そういうのも悪くないな、なんて思う。隣のアイゼンを見ると彼もそんな気持ちなのか、普段と違って少し目元が穏やかに見えた。

「アイゼン――」

何も考えず無意識にアイゼンの名を口にする。しかしそれと殆ど同時に上がった爆発音に、私の声はかき消される。驚いて船首の方へと目を向けると、ベンウィックたちが打ち上げ花火を始めた様だった。風を切る細い音の後に大きな爆発音と共に花火が開いて、花弁が光の余韻を残して夜空に消えていく。その幻想的な光景を見て、甲板にいる殆どの人が息を呑んだ。私もその例に漏れず、手元の花火すら忘れて夜空にくぎ付けになる。そんな皆の反応に気を良くしたのか、クロガネは用意した筒すべてを使って次々と花火を打ち上げた。

爆発にも似た破裂音と共に浮かび上がる大輪の花。幾つも重なって咲き誇り、ぱらぱらと小さな火花が降り注ぐ。それにしても、一体幾つ用意してたんだろう。何発も連続で打ち上げられる花火は絶え間なくバンエルティア号の上空を埋め尽くす。思わず口から感嘆の声が漏れた。

「もう色んな意味で凄いね――アイゼン」

何の気なくそう隣人に声を掛けると、彼は花火を見上げていた視線を降ろして私の顔を見る。花火に照らされて感慨に浸るようなその表情に笑みを浮かべて、アイゼンは口を開いた。

「ベルベットを説得する為に使ったライフィセットの言葉も、その通りだったな」

言葉の意味を理解して、咄嗟に私も言葉を返す。

「私も、そう思う」

深く考えずにそう言うと、アイゼンはふと笑って私の頭をその手で引き寄せた。船上の皆の目が花火に向かっているその隙に、控えめなキスを一つ交わす。顔が離れて広がった視界にアイゼンの瞳を捉えると、知らず笑みが零れた。けれどそんな雰囲気が続く筈もなく、さっきまでの破裂音とは比べ物にならない程の轟音が響き渡る。

「う、うわあああああああああ!!」
「チクショウ、炎石に引火した!!」
「火を消せえええええ!」

そんな男たちの悲鳴に目を向けると、花火を打ち上げるために使っていた筒は軒並み木端微塵に。更に少し離れた場所に置いていたらしい他の花火にも火が燃え移り、大量の火花が噴き出していた。最早誰が原因なのか分からない惨状に苦笑いを浮かべてアイゼンを見ると、彼は肩を竦めて消化の為に立ち上がった。なんだかこういうトラブルがあってこそアイゼンと一緒に居る実感が湧くなあなんて、大分毒されちゃってるなあ。そう思いながら私も腰を浮かせて、消火活動に身を乗り出すのだった。