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梅雨も近づく衣替えの時期。何年か前までは制服が半袖に切り替わるのはもう少し後だったのだが、近年のシャレにならない暑さは学校行事の時季変更を余儀なくした。そんな中でも長袖を着たがるのがオンナゴコロというやつなのか。一部の女子生徒は日焼けを気にして長袖のままでいたり薄手のカーディガンを羽織ったりしている。

某日、夏もまだだというのに気温が30台に上りそうなそんなある日の朝。朝一の授業のため化学室に移動していたオレが生徒用玄関の前を通りかかると、生徒指導の教師とひとりの女生徒が何やら言い合っているのが耳に入った。

「嫌ですよ絶対に脱ぎませんから!」
「あのなあ、熱中症で倒れてからじゃ遅いんだぞ?」

珍しく諭すような口調なのは既に散々口論をした後なのだろう。生徒指導の教師――ザビーダは半ば呆れた様子で腕を組んでいる。対する女生徒はこの蒸し暑い中長袖のカーディガンを着こみ口を尖らせてザビーダを睨み付けていた。……触らぬ神に祟りなしというが……しかしザビーダと揉めている女生徒は眞喜だ。声を掛けるか掛けまいか悩んでいたその一瞬で目敏い二人はオレの姿を見つける。

「アイゼン!」
「せんせー!」

目が合ってしまっては逃げられない。観念して二人の傍まで歩み寄る。

「田中は遅刻じゃないのか。ザビーダ、てめえもいつまで生徒を拘束してやがる」

溜息交じりにそう言うと殆ど同時に二人が声を上げた。が、同時に言葉を話されてもオレには聞き取れん。喋るなら順番にしろ。そんな怒気を感じ取ったのか二人はまたしても同時に閉口し、そして先に再び口を開いたのは眞喜だった。

「ザビーダ先生ってば女生徒相手に脱げって言うんです。こんな人目に付くところで」
「いやいやいやいや。オレが変態教師みたいな言い方やめろよな。今日の気温は特に高いから安全の為にそのカーディガンを脱げっつってんの。そもそも校則違反だろうが」
「長袖やカーディガン着てる生徒なんて他にもいるじゃないですか」
「遅刻してオレの目に留まったのが運の尽きだ。衣服だけなら目も瞑れるが遅刻もってなっちまうと注意しないわけにはいかねえだろ」

そんな言い合いをここでずっとしてたのか……。まるで教師と生徒とは思えない言い合いに若干めまいを覚えつつ、相手が眞喜であろうとここは教師としてきちんと注意をしておくべきだという結論に至る。最悪眞喜に倒れられたのではオレの心臓にも悪いという理由もまあ含まれてはいるが。

「ザビーダのいう通りだ。今日は最高気温が30度を上回るかも知れんらしい。お前ら生徒にもこだわりがあるんだろうが安全第一だ。……オレたち教師にはお前たち生徒の安全を守る義務がある」

一息でそう言うと、眞喜は拗ねた表情をしながら視線を逸らして黙り込んだ。強く言いすぎたかとも思うが、それでもこの状況で一番大切なのは眞喜の身体だ。

「そういう訳だ。本鈴がなる前に教室に行くぞ」
「んじゃあオレは教務室に戻るぜ。後はヨロシク」

子守は任せたと言わんばかりに遅刻証明書を持ち手を振るザビーダ。

「一限目の授業は何だ?」
「……生物です」
「なら同じ階だな」

行くぞ、と未だ不貞腐れている眞喜を伴いザビーダとは反対の方向へ歩き出す。少し歩いてから近くに教師や生徒の気配がない事を確認して再び口を開いた。

「それで、お前は何を気にして長袖に執着してるんだ」

自分なりに眞喜を気遣っての発言だが、眞喜はむすっとした表情を崩すことなくぼそりと呟く。

「だって……せんせーは物凄い色白じゃないですか」
「……何?」
「嫌じゃないですか、好きな男の人が自分より色白なんて」

……そんな事かと思いはするものの、彼女なりの悩みの元が自分で、それも異性として気にしているからこそだということを知れば悪い気はしなかった。つい口元が緩んでしまったのが眞喜には子供の悩みだと馬鹿にされたと映ったらしく、鋭い目つきで睨まれてしまう。そして無言のまま速足で歩きだす眞喜。慌ててその腕を掴んで引き留めた。

「もう少し暑くなったら、海に行くぞ」
「――なんですか、急に」

振り向いた眞喜は眉間に皺を寄せていて、いきなりの誘いに驚いたのか怒りも少し引いている様子。

「近場は無理かもしれんが遠出をして……。そうすれば少しは日にも焼けるだろう」

多少苦しい提案ではあるが、咄嗟に思い浮かんでしまったものは仕方がない。そう伝えると眞喜は息を吐いて苦笑いを零す。

「何ですかそれ。――そこまで言うなら分かりました。せんせーの顔を立てていう事聞きます」

生意気にそう言う眞喜だが、それも彼女の可愛いところだと思ってしまうのはオレも大分のぼせているということか。よく分からない展開でなし崩し的に眞喜はカーディガンを脱ぐことになった。しかし白いシャツから伸びる彼女の腕が他の男にも見られるのかと、少しばかり後悔してしまう末期のオレの姿がその夏にはあった。