湿度75%


バケツをひっくり返したような、というよりそれこそ滝と表現する方が近いのではないかという程土砂降りの空。長いこと続いていた天気ではあるけど時折落ちる雷がいつもの雨とは少し質が違う事を知らせてくれる。夜も更けたというのに窓から見える街には灯りが点いた建物がまばらにあって、眠気を紛らわせるために視界の端からその灯りの数を数えようとした、その時。

「この天気だと恐らくもう梅雨明けだろうな」

ベッドに膝を抱えて座る私の隣にせんせーの窓の外に視線を向けた顔が現れた。

「それじゃあ明日からうんと暑くなるんでしょうね。――お仕事は終わりですか?せんせー」

窓ガラスに反射する眼鏡を外した先生の顔を見ながらそう言うと、先生は視線はそのままに声だけで答える。

「ああ。……今年は気温に見合った服装にしてくれよ」

今にも鼻で笑いそうな相好の崩し方でせんせーはそう言い、私のすぐ隣に腰かけた。『今年は』の部分にかかる、数年前の高校であったせんせーとのすれ違いと言うにも些細な出来事を思い出して少しむず痒くなる身体の内側。そしてその話題を――というより先生の気を逸らすべく、雨にかき消されない最小限の声を上げる。

「あの頃……先生に片思いしてた時とか、自由に好きだって言えなかった時が一番楽しかったかも」

想定以上に哀愁が漂い、独り言っぽくなってしまった。自分のその声に誘発されて心を満たしてしまったセンチメンタルのせいで視線は窓の外を向いたままで固定される。せんせーも私の言葉に思う所があるのか、私の頭を抱き寄せて

「そうか……。……そうだな」

と落とすように言葉を漏らした。何となく、微量でも誤解が生まれる危険を避けるべく、私は言葉の続きを声に出す。

「今は……一番幸せだって感じます」

そう言いながらせんせーの顔を見上げると、学校で教鞭を振るうときと違って垂れる前髪から覗く眼と視線がかち合った。思わず作ってしまったいい雰囲気から逃れようと、つい脊髄に頼って発言権を譲ってしまう。

「あー……、本格的に暑くなったら、あんまりこうして引っ付けませんね」

大脳を介さずに発した台詞はさっきまでの会話の流れを汲んでとんでもない方向へ滑り出してしまった。ハッとした時にはもう遅く、せんせーの手によってベッドの上に転がされる。せんせーと一緒に横向きにマットの上を跳ねるけど、さっきまでの眠気はどこへやら。密着した身体からはじわじわと熱が浸食してきて、いつもより大きめに目を開いてしまう。

「なら、猛暑を迎える前にひと汗かくか」

なんて、少しおっさんくさい台詞を口走るせんせーはもしかして照れているのでしょうか。私の髪を梳く手にひかれるようにして近づく顔と顔。繰り返すキスと共に密着度を増していく二人の身体。幾度も合わせた唇がようやく離れると、せんせーはどちらのものか分からない唾液を拭って口角を上げた。

「オレも、お前と同じだ――眞喜」
「それって――ん、」

言葉を出し切る前に口を塞がれる。その後はせんせーの言う通り、ひと汗どころか結構な汗をかくことに。いくら外は豪雨で外気は冷めているといっても、やっぱり夏は夏、という事だった。