一夜の逢瀬


「あれ、デゼルは?」

とある夜。川のほとりで夜営を始めた私たち――導師一行の中にデゼルがいないことに気付く。いつもならロゼの傍にいる筈なのに何処に行ったんだろう。夕飯だってもうじき出来るのに――。そう思いながら辺りを見回すも目の届く範囲に彼の姿はない。

「ちょっと探してくるね」
「はい、暗いので気を付けてくださいね」

焚火を見守るライラに一言告げ、私はその場を離れた。

とりあえず川に沿って探してみようと川に近づくと、涼やかな風が上流に向かって流れているのを感じ取る。蒸し暑い中でその風は心地よく、促されるようにして上流へと足を向けた。

川の流れに沿って暫く歩くと、背の高い草が生い茂る場所に辿り着く。再び流れた空気に背を押されて草を掻き分けた。

「……デゼル、こんなところにいたの」
「何だ、もう来たのか」

川の傍にある岩場に腰かけた彼はそう言いながらも私に向かって手招きをする。本当にみんなから離れて何をしてるんだろう。そんなもっともな疑問を口にする前に、デゼルの隣へと向かう私の顔のすぐ横を小さな光が横切った。驚いて視線を川の方へ向けると、小さな光がいくつも灯り、飛んでいる。よく見るとその光の正体は小さな虫で、驚きながらデゼルの隣に腰を落ち着けた。

「これ、虫だね」

淡い光に照らされる草や水と、それらが水面に映りこんで生まれる幻想的な風景に息を吐きながら言うと、デゼルは「ああ」と答える。

「この時期に綺麗な水辺にだけ現れる虫だ。寿命も短くこの姿になると10日も生きられんからな……丁度この時期にこの近くで夜営できたのは運がいい。どうだ、いい景色だろう」

そう言って笑うデゼル。しかし私はデゼルの言葉に答えられないままじっとその風景に見入ってしまう。短い命を懸命に燃やして光るその姿を何となくデゼルと重ねてしまうなんて、少し感傷的すぎるだろうか。この虫たちは交尾のため、子孫を残すために光っているのだろうけど、隣に座る天族の彼は復讐を果たすためなら例え10日という寿命であっても喜んで受け入れてしまいそうだ。そんな事を脳裏でふと思ってしまうが、こんな時くらいは純粋な気持ちでいようと頭の中で被りを振った。

「綺麗だね……」

なんとか絞り出した声はひとつの感想を零すだけで終わり、すぐにまた川のせせらぎだけがこの空間を支配する。この時間がずっと続いたらいいのになんて思いながら隣に座るデゼルに寄りかかってみると、さりげなく腰に回される彼の腕。彼も今の私と同じ気持ちなんだろうか、そんな風に自惚れてしまってもいいのだろうかと、彼の顔を覗き見る。すると、それと殆ど同時にデゼルも私の顔を見て、自然と近づく唇と唇。そっと触れるだけに留まったキスの後顔を見合わせると、気恥ずかしさでふと笑みが零れた。デゼルも小さく笑って腰を上げ、

「いつまでもこうしていてもいいんだがな……そろそろ行かねえと邪魔が入りそうだ」

と軽口を叩きながら私の手を引っ張り立ち上がらせる。視線を川に向けると虫の灯りもまばらになり、更に生い茂る草の向こうからは私たちを探しているらしいロゼやスレイの声が聞こえた。今更ながら、私はいつの間にか居なくなったデゼルを探しに来たんだったと思い出す。デゼルと二人寄り添っている所をエドナやライラにでも見られると絶対に話のタネにされてしまうだろう。少し名残惜しい気もするけれど、デゼルに笑いかけた後、私たちは皆と合流することにした。