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連日の勤務で疲れた体を、足を引き摺るようにしてなんとか玄関の内側へと滑り込ませた。これから夕食を作って、それを食って、風呂に入って次の講習の資料をまとめて……頭の中でそう段取りを組み立てながらリビングのソファにどかりと腰を掛ける。ハンチング帽とサングラスを机の上へ放り投げ、まだ休息を取る時間じゃないと思いながらも動く気のない身体に深いため息を吐くいていると、未だポケットに入れたままにしていた携帯端末がバイブとメロディでその存在を主張し始めた。電波の発信者本人の手により設定された音楽を中断させてスピーカーを耳に近づけると、そこから漏れる声に懐かしさを感じる程多忙だった事に気付いてしまう。そうして短い会話を終えた数分後に、彼女はやってきた。


「お邪魔しまーす」

疲れているだろう彼を気遣って、そうすると誰に向けたかいささか不明瞭になってしまった挨拶を小声で玄関先に響かせる。返事を待たないままリビングキッチンへと足を運ぶと、彼は死んだようにソファに埋もれていた。

「大丈夫?夏休みってもしかして普段より忙しいんじゃないの?」

意外にも教師という職に就いている彼の顔を覗き込みながらそう声を掛けると、彼は

「自分たちの為の学習なんか、ガキどもが休みの間ぐらいしかできねえからな」

と、普段より数段弱い声音でそう言った。

「ご飯食べられる?」
「ああ、頼む」

手に持った袋を示すように持ち上げる私に、彼は気だるげに手を振り答える。こんなに仕事に堪えてる彼を見るのは初めてかも。なんだか凄く珍しいものを見た気になるけど、流石にこれを喜べるほど私は性悪ではないようだ。大人しく用意してきた食材を携えて地続きのキッチンへと足を運んだ。

取りあえず夏でも食べやすい事に重点を置いて、エネルギー補給にもひと役買う事の出来るメニューを考えてきた。持ってきた食材をシンクに広げ、着々と下ごしらえを進めていく。黙々と調理を進めていき、後少し、という所で突然背中に圧力がかかった。

「んえっ、で、デゼル!?どうしたの?」

驚きながら振り返ると、背後からデゼルが凭れ掛かってきていた。緩慢な動きで首に腕を回され、抱き着かれる。所謂あすなろ抱き状態になっている事に頭の中が小パニックになりながら、デゼルの顔を覗こうと首の角度を工夫する。まるで犬がするように頭を摺り寄せてくるデゼル。完全に日常から剥離した彼の様子とは裏腹に、デゼルはいつもと変わらない口調で言った。

「黙って見ていようと思ったんだがな……お前に触れたくなった」

これは……甘えているのか。よっぽど疲れているのだろうか。これは早々に休ませた方がいいのかもしれない。そう思うけどしかし、彼の腕を振りほどくことも出来ずについつい固まってしまう。無言のままこの状況に甘んじていると、デゼルがおもむろに口を開いた。

「今日は泊まっていけ。夏休みなら、明日も休みだろう」
「え、でも、デゼルは仕事じゃないの?」
「明日は講習があるわけでもないからな、有給を使う」

端的にそう言い切ったデゼルに、教師という職に関して特別詳しいわけでもない私はそれなら、と頷いてしまう。デゼルは自分の腕を私の首から腰へと降ろし、私は解放された首を回して今度こそデゼルの顔を見た。それを見計らったように近くなるデゼルの顔。しかし、

「取りあえずご飯食べよう!!」
「ぐっ!」

折角作った料理の行く末を案じたのと、堪らなく気恥ずかしくなってしまったチキンな私は両手でデゼルの顔をブロックしてしまう。すっかり元気を取り戻したらしいデゼルは顔を押さえながら「覚えてろよ」と低く唸る。

「さ、もう出来るから先に座ってて!」

そう言いながら私に追いやられるデゼルは小さな舌打ちをした後、振り返りざまに一言呟いた。

「やはり眞喜がいないとと駄目だな」

そんな言葉が聞こえたような気がしたけど、この狭い部屋の中で声を乗せる風がある訳でもなく。きっと自分の、久しぶりに会う恋人との時間に期待してしまった故の幻聴だろうと決めつけた。