尋常に!!


詠唱に合わせて譜陣が足元に展開し、音素が輝き術者の周りを漂う。戦闘中だというのに、そんな時でも彼は美しい。この気持ちは譜術師としての才能が皆無な私の純粋な憧れだ。その影に隠れた感情を認めてしまえば、きっと何かに負けたような気がしてしまうんだろう――。


「ほんっとに不覚だわ」

負傷した右腕をティアに差し出して私は大きく息を吐いた。先の戦闘で、ジェイドに向かっていった魔物に気を取られた結果がこの様。ジェイドは何事も無かったかのように詠唱を終えて魔物を倒してしまうし、私が一人で突っ走って無駄な怪我を負ってしまったのだ。溜息も吐きたくなる。そんな私の治療を終えたティアはやれやれと言った風に肩を竦めた。

「対した怪我じゃなくて良かったわ」
「ごめんね、ティア」

衣服を整えながらそう言う私に、同部屋でベッドに腰かけたアニスが笑う。

「眞喜ってば大佐の事ばっかり見てるんだもん」
「えっ。ちょっと待って、私そんなに大佐の事見てた?」

思いもよらないアニスのセリフに慌てて手に持つグローブをつい落としてしまう。グローブを拾って手にはめながら顔をアニスの方へと向けると、彼女は屈託なく笑って大きく頷く。向かいのベッドに座るナタリアも同じように頷いて、「ですが」と顎に手を当てて口を開いた。。

「他にも良い殿方など沢山いるでしょうに、何故よりにもよってあの大佐なのです?」

さっぱりわからないとでも言いたげなナタリア。彼女の言葉にアニスもティアも興味津々の眼差しを私に向ける。女の子ってどうしてこういう話になると目の色が変わるの!こんな事を自分の口から言うのは相当な恥ずかしさどころか、むしろ辱めだ。――と、いうより。肝心なのはそこではなく、この気持ちに周囲がいつから気付いていたか、という事。さっきの戦闘で初めてばれたのだとしたらまだ救いはあるはず!そんな私の心中を察してか、アニスが「あー」と小さく声を漏らした。

「私は結構前からそうなんだろうなあって思ってたけど……。多分気付いてないのって……ミュウとルークだけだよねえ」
「そうですわね」
「私たちが気付いていて大佐が気付いていない、というのも……多分ないわね」
「え……うそでしょ!?」

まさかの皆の反応につい立ち上がって声を張り上げてしまう。いやいやいやいや。どうしてはじめに気付いた時に誰も言ってくれなかったんだ。自分の事なのに今の今まで知られていることに全く気付いていなかったのがバカみたいじゃないか!そんなこんなを頭でぐるぐる考えてすっかり小パニック状態に陥ってしまった私に、ナタリアがこれまた不思議そうに言う。

「いっそのことご自分の気持ちを伝えてしまってはどうでしょう」
「そうだよ!」
「他人事だと思って!」

最早涙目の私にアニスが「だって」と少しだけ真剣みを帯びたようなそうでもないような声音で諭すように言った。

「大佐が眞喜の気持ちに気付いてたとしてさ、今まで何も言ってこなかったっていう事は逆に脈ありじゃない?」
「う……」

確かに、そうかもしれない。あの大佐の事だ。私の気持ちに気付いていたとして、もしも迷惑だとか気分が悪いだとか、そういう気があったら何かしら私に対してアクションを起こしてくるのではないだろうか……。固まってしまった私を見てティアが心配そうに顔を覗き込む。

「私はいいと思うけれど。……眞喜?」
「………………」

そう言ってくれるのは有り難い。……有り難いんだけど。相手は何せあの大佐だ。

「私から大佐に気持ちを伝えるとか……なんだか……負けた気がする……」
「失礼、入りますよ」

そう小さく呟くと同時に、部屋の扉が何の前触れもなく開かれた。そこにいたのは件のジェイド・カーティス大佐で、彼の後ろには気まずそうに苦笑いを浮かべたルークとガイが。まさか、今の会話全部聞かれてた?その疑問を投げかけるより先に、大佐の手が私の腕を掴み、引っ張る。

「少し眞喜を借りていきます」

笑顔でそう言った大佐が向かったのは宿の別部屋だった。大佐に連れられて部屋の中に入り、大佐が扉を閉める。恐る恐る大佐の方を振り向くと、大佐はその顔にいつもの笑顔を浮かべていてそれが逆に怖かった。何かを喋らないと嫌な沈黙が生まれそうな予感がして、とりあえず先程の疑問を投げかけてみる。

「……さっきの、いつから聞いてたんですか」

一緒に旅をする仲間相手にどうしてこんな気まずい思いをしなければならないんだろうと脳裏で考えながらそう言うと、大佐は笑顔のまま悪びれることなくこう答えた。

「あなたの『ほんっとに不覚だわ』の辺りですかね」
「最初っから!?」

思わず口をついて出た突っ込み。あの話を聞かれてたのか……。予期しない事態ではあったけれどこれは大佐の答えが聞けるかもしれないと、ついそわそわしてしまう。が、大佐は「それより」と私の腕を指さした。

「傷はもう大丈夫ですか」

意外なその台詞に面喰いながらも

「あ、はい。ティアが治してくれましたから」

と素直に全快を示した。大佐はひとつ息を吐いて「そうですか」と言い、眼鏡を上げる。

「あの程度の魔物相手なら私一人でも譜術で対処できます。……貴方が私の目の前に飛び出してきたときは驚きましたよ」

そう話す大佐に私は先の戦闘の事を思い出して気分が沈下してしまった。もしかしてわざわざそれを言いに来たのだろうか。そうだとしたら、とんでもない勘違いだ。私の気持ちがどうとかではなく、きっと大佐はそんなもの眼中にもないのだろう。なんだか、少しでも期待してしまった自分が本当に馬鹿みたいだ。視線を足元に落とす私を見て、大佐は「それから」と言葉を続けた。

「先程の『自分から大佐に気持ちを伝えたら負け』という話ですが……。勝ち負けの話でしたら、始めから私の負けですよ」
「――?」

投げかけられた言葉の意味を探って顔を上げ、大佐へと視線を戻す。大佐は私を真っすぐ見つめていて、その見たことのない表情にどきりとした。自分の高鳴る鼓動をなんとか誤魔化そうと今度は私が口を開く。

「それって、どういう……」

私が言い終わるより先に、大佐の手が伸びてきて私の頬を撫でた。

「昔から『惚れたら負け』と、そう言うじゃありませんか。」