2017v-K


それは、クラトスと二人で買い出しに出かけた時のこと。

「ちょっとそこのお嬢さん!」
「はい?」

活気溢れる市場で恰幅がよくいかにも威勢の良さそうな商人のおばさんに声を掛けられた。他にもちらほら人がいる中でどうして私に声を掛けたのだろうと思って振り返り、足を止める。それに合わせて隣を歩いていたクラトスも立ち止まった。営業スマイルと言うにも少々大げさな満面の笑みを浮かべるおばさんの店に近づくと、そこに広げられた商品が目に入る。並んでいるのはクッキーやマドレーヌやチョコレートといったスイーツ系。そんなに私がお菓子好きに見えたのだろうかと小首を傾げると、おばさんは揉み手をして

「どうだいお嬢さん。その素敵な殿方にお菓子のプレゼントなんか」

と言い始めた。急に何なんだと訝しんだ視線をおばさんに投げかけるとおばさんは更に勢いを増して話し始める。

「最近景気が悪くてお客も商人仲間もみんなピリピリしててねえ、あたしはちょっと考えたんだよ」
「はあ」
「こんな時は好きな相手と一緒に甘いものを食べるのが一番!美味しいものプレゼントして少しでも幸せ気分をお裾分け!ってね!」

そう力説するおばさんはどうやらこの企画を定着化させたいらしく、あちこちの商人仲間に話をしているという事だった。悪くはない話だとは思うけれど、いかんせん話が急すぎていまいち気持ちが着いて行かない。どうしようかとクラトスに助けを求める視線をやると、彼の目は『私に振るな』と言っている。要はこのおばさんの商売戦略なのだろうけど、考え的には割と嫌いじゃない。いつもお世話になっている人にお菓子と言う形のあるものでお返しするのはいい案かもしれない。そう考えながら、目の前に広がるお菓子たちを眺めてみた。買うとしたらどの商品がいいか……そう悩んでいると、

「あんたならどのお菓子が食べたいと思う?」

と、おばさんが商品を指しながらクラトスに話しかけ始める。話を振られると思っていなかったのかクラトスは咄嗟に「いや……」と言いかけるが、その先を遮り視線を眞喜に向けておばさんは肩を竦めた。

「まあ恋人から貰えるものだったら何でも嬉しいもんだよねえ」
「!?」

いきなりの発言にパッとおばさんの顔を見る。私とクラトスが恋仲に見えたから声を掛けてきたのか、この人は。恐らく……というより確実に私の片恋なのだけど、一体全体この状況はどうしたらいいのだろう。恐る恐るクラトスの顔を見ると、彼は否定するでもなくフ、と笑ってあろうことか「そうだな」と肯定の言葉をおばさんに返した。

「どうする、眞喜」

そう催促されれば私にはこの店のお菓子をクラトスにプレゼントするしか道はなく、未だに私とクラトスが恋仲だと思っているおばさんに一つの商品を手渡す。

「これ、一つください」
「あいよ、まいどあり!」

自分の商売戦略がひとつ実を結んだからなのか、恋する若い乙女を見るのが楽しいのかおばさんはそれはそれは良い笑顔でそのお菓子を包んでくれた。受け取った商品をクラトスに向かって

「いつもありがとうございます」

と言って突き出す。クラトスは笑ってそれを受け取り、私の耳元で静かに声を落としていった。

「続きは後で聞こう」

自分の顔が真っ赤になったのが分かるくらい顔が熱くなる。そんな事を気にかける様子はなく、離れたクラトスは「行くぞ」と私の手を引いて歩き始めた。後ろから聞こえるおばさんの「またいらっしゃい」なんて台詞を恨めしく思いながら、クラトスの手にひかれて買い出しの続きへと連れ戻されたのだった。