濫觴

そもそもの気性が引っ込み思案の私が仲間内で一番最初に心を開いた相手はロイドだった。ただそれは、仲間たちみんなが彼に一番の信頼を置いているという点から見て、私とロイドの間だけに何か特別なものがあったということではない。逆に言えば、ロイドの人柄からして、私とロイドがある程度打ち解けるのは当然だったとも言える。
そして、徐々に仲間たちと打ち解けてきて、自分の心に余裕が出来たとき、私は気が付けば"彼"の事ばかり気にしていた。ロイドや、他の仲間と接する時とはまるで違う胸の高鳴り。もしかしてと思いつつ、そんな訳ないと無意味に疑問と否定を繰り返して迎えた今日。その答えが、目の前にある気がした。





夏も半ばの今宵、町で一番大きい神社が催す毎年恒例の夏祭りに来ていた。町おこしも兼ねて、屋台や出店だけでなく、神社の敷地内でゲストによるイベントなんかも予定される大規模なお祭り。この日の為にロイドやプレセア、それにリーガルまでも何やら準備を進めて来たらしい。ゼロスくらいは空いているだろうと思って誘ってみたけど、クラトスがいるという事を知った時点で断られてしまったのだ。その結果、客としてお祭りに参加できるのは私とクラトスだけになってしまった。決して嫌な訳ではない。そんな事ある筈がない、けど。

隣で、初対面の人には嫌厭されがちな厳しめの顔で小ぶりのリンゴ飴を齧っているクラトスの顔を見上げた。その意外な組み合わせを微笑ましく思い、つい口元が緩んでしまう。そんな私に気付いたクラトスは口元からリンゴ飴を離し、私と目を合わせてフと笑った。

「楽しそうで何よりだ」

それはクラトスと一緒だからだよなんて言える筈もなく、へらりと笑って返し、手元の綿あめを口にしながら前に向き直る。人の多いこの賑やかな通りを口数少なく歩いていく。私がクラトスの隣が一番落ち着くと感じるのは、この沈黙もひと役買っているんだろうと思う。沈黙があるからといってそれを気にする相手ではないのを知っているし、今ではそれが心地よくもあった。

暫く出店を見ながら歩いていると、不意に右手を握られる。反射的に隣を見上げようとるけど理性でなんとかそれを堪えた。見なくても相手は分かるし、触れる手からあっという間に侵食して駆け上ってしまった熱が貯留した顔はとてもじゃないけどクラトスに正面から見せられないと思う。そんな気持ちを誤魔化そうと一心不乱に綿あめを口に運び続け、とうとうそれがなくなった時、私たちは催し物が開かれている広場に到着していた。鳴り響く太鼓の音に誘われて視線を動かすと、広場の中央で赤いはっぴを着たロイドが太鼓を叩いている姿が目に入る。傍にはジーニアスやコレットもいて、お祭りの為に準備していたのはこの催しだったのかと合点がいった。

ロイドの姿に気付いたクラトスもその姿に目を奪われているようで、心底楽しそうに太鼓を音を奏でお祭りを盛り上げるロイドに顔を向けたまま固まっている。"お父さん"の顔をした
クラトスも格好いいなあなんて脳裏で思いながら、私もロイドたちのいる広場の中央へと視線を戻した。どうやら私たちがここに来たのはもう終盤に入ってからだったようで、ロイド達の出番は直ぐに終わってしまった。催事の司会がそろそろ祭りもお開きの時間が近づいてきました、とアナウンスする。片付けやらがあるのだろうロイドたちは私たちとは反対の方向へ姿を消し、ようやくクラトスは動き出した。

「すまない、時間を無駄にしてしまったな」

目を伏せてそう言うクラトスだが、もう私はクラトスがどれ程親バカなのか知った上でこうしている訳で。

「謝らないで」

と手を横に振る。

「クラトスがどれだけロイドの事想ってるか知ってるから」

そう言ってはにかんで見せると、クラトスは「そうか」と口元を緩めた。

そんな会話をしている間に、広場にいた人たちはまばらになっていて。屋台や出店もまだ何カ所か開いているけど、それもお祭りに来ている人の半数近くは家路に付こうと移動しているようだった。その様子を見て、少しの寂寥感を覚えてしまう。もうお祭りも終わり。という事は、クラトスと二人でいられるのも、今日は終わり。その寂寞とした頭が、未だ繋いだままの手に力を入れることもせず、今胸中に巣食っている気持ちを自覚させようとする。

今日のお祭りが終わるだけで、日常は続いてきっとまた明日も会える。それなのに、別れを惜しむなんて――

「ねえ、クラトス」

意を決して、声を上げる。いつもと同じようにクラトスは「どうした」と言葉を返す。なんて言ったらいいんだろう。いきなりこの気持ちを告げてしまってもいいんだろうか。それとも、ただ『別れたくない』とだけ言った方だいいんだろうか。悩んだまま顔を上げてクラトスの顔を見て、視線を合わせた。それだけで、もう、この気持ちの名前が分かってしまう。今まで薄めてぼかして見えないようにしてきた気持ちが、お祭りという特異なシチュエーションで浮き彫りになって目の前に現れる。ああ、もう。好きだなあ、なんて。乾いた喉を唾を飲んで潤して、口を開こうとしたその時、

「――眞喜」

唐突に下の名前を呼ばれて、出かかった声が喉の奥に引っ込んでいく。出鼻を挫かれながらも何だろうと、クラトスの言葉を待つ。

「眞喜の行動を待つばかりなのは、卑怯だな。…………私から言おう」

目を瞑ってそう言ったクラトスは一息置いて目を開き、私を正面から見据えて握る手に力を込めた。

「――好きだ、眞喜。許されるなら、これからの時間を共に過ごしたいと思う」

真っすぐに、鋭い鳶色の瞳に見つめられると、もうこの気持ちを素直に伝えるしかないと思えてくる。一度唇を噛み、鼻で息を吸って溢れそうになる気持ちを一旦落ち着けた。そしてすぐに短く息を吐いて、大きな頷きと返事を示す。

「私も、好きです。多分、ずっと前から。だから――」

だから。その先の言葉は色々と浮かんだけれど、結局はただの一言に集約された。

「――はい」