2017v-A


とある深夜、ドヴォールの裏町にあるバー・プリボーイで酒を煽る人影がひとつ。共に旅をする仲間と離れて考え事に耽るアルヴィンはカランと音を立てたグラスの中の氷に目を落としてひとつ溜息を吐いた。

「お疲れ様、アルヴィンくん」

この店にいる人間はもう自分とバーテンダーだけだと思っていたアルヴィンはいきなり掛けられた声に少しだけ驚いて振り向く。顔を向けた先にいたのは眞喜で、にこりと笑ってアルヴィンの隣に腰かけた。

「眞喜か。どうしたんだ、こんな時間に」

予想外の人物に問いかけると、手に持った紙袋から手のひらサイズの箱をひとつ取り出す少女。

「ちょっとね、宿でキッチン借りて作ってたの。アルヴィンに試食してもらおうと思って」

そう言って眞喜が蓋を開けた箱に入っていたのは数種類のチョコレートだった。オレが試食?一体なぜ――不思議に思っていると、その疑問を感じ取ったのか眞喜はうーんと小さく唸って口を開く。

「最近異性にチョコレートを渡すのが流行ってるじゃない。それに便乗してリーゼ・マクシアの果物を使ったチョコレートなんかを作って売ってみたらどうかなと思ったんだけど……。どう?助けにならない?」

ユルゲンスと共に始めた果物の商売があまり上手くいっていないのを気にしてくれていたのか。――現に今も商売が上手くいかないことについて柄にもなく悩み、酒を煽っていたわけだが。その意外な人物の意外な方向からの助けが純粋に嬉しく、「頂くよ」とチョコレートに手を伸ばした。

一つ目に食べたものはドライパレンジにチョコレートのコーティングをしたもので、二つ目はパレンジ酒が中に入っていて、三つ目はパレンジのジャムが層になっていて……という様に、何種類ものアレンジを加えられたパレンジとチョコレートの掛け合わせに感動すら覚えるアルヴィン。これを全部自分で作ったのかと訊ねると、眞喜は照れたように笑いながら「アルヴィン頑張ってるから、折角だし何かできないかと思って」と言う。もう少し酒を飲んだ後なら色々と危なかったかもしれない、そう思いながらアルヴィンは心の中で頭を振った。待て待て、今は商売の話をしているんだ。別に彼女はオレを口説きに来たわけじゃない、と。

「確かに果物単体じゃなく加工品も視野に入れるのもいい案かもしれないな」

誤魔化すようにそう言いながらまたチョコレートに手を伸ばすと、眞喜は「でしょ」とはにかんで見せる。

「次にチョコレートの季節が来るまでには商品化できるようにもっと効率のいい手順や材料の確保ルートなんかも考えてみるよ」

満足げに言う眞喜を見ながら、アルヴィンはふと『最近流行っているチョコレートのプレゼント』、その相手に関する情報を思い出した。チョコレートを渡す相手は女性から男性へというのが通例だ。更にその相手は渡す本人にとって……。

「なあ、眞喜」
「何?」
「期待してもいいのか?」

そう言って意地悪く口角を上げて既に空になった箱を持ち上げると、眞喜は「もちろん。私も頑張るよ」と意気込みを語って見せる。その全くもってこちらの意図が伝わっていない様子から自分の勘違いかとも一瞬思えるが、こんな考えが過ぎったまま退くなんて出来るかと半ば意地になってアルヴィンは眞喜の鼻先へ顔を近づけた。

「チョコレートを渡す相手って、確か『意中の相手』じゃなかったっけ?」

眞喜は一瞬だけ動きを停止させた後、一気に顔を上気させ目を見開く。ぱくぱくと二、三回口を開閉させて、思い出したように声を張り上げた。

「そうだよ!だから来年も試食はアルヴィンが一番にしてよね!!」

そう言うが早いか、恥ずかしさのあまりか涙目になりながらアルヴィンの飲みかけの酒を一気に飲み干してバーを飛び出して行ってしまった。アルヴィンはくつくつと笑いながら眞喜の置いて行った箱を拾い上げ、『チョコレートのお返し』について考えるのであった。