眇々たるもの


用意された色とりどりな長方形の色紙。好きな色のものを選び、隣人とどんな事を書くのかお喋りしながらペンを走らせる。スペース配分を間違えて続きを裏側に書いたり、新しい短冊を貰って書き直したり。そんな幼児期の体験を、ふと思い出した。

某日――言わずと知れた七月七日、その前日の事。静雄と連れ立ってスーパーに買い出しに来てみると、入り口から程近い催事スペースには『ご自由に』の文字が添えられて大きな笹と豊富な色数の短冊、そして水性マーカーが設置されていた。ご丁寧にいくつか椅子も用意されているけど子供向けの催しだろうそこには生憎と子供の姿はなく、静雄と見合わせた顔にはそのスペースへの興味が浮かんでいた。その結果、本来なら相応しくない年齢の男女が一組、短冊の前でペンを握り頭を捻る事になったのだった。

「静雄は何書く?」

好き色の短冊を見つめたまま隣のグラサンバーテンにそう問いかければ、静雄は「何にすっかな」と落ち着いた様子で返す。ちらりと彼の顔を横目で見れば、彼の頬は少し緩んでいて、願い事の内容よりもこの状況自体を楽しんで知る様子。もしかしたら小学生以降のイベント事にはいい思い出はなくても、幼稚園時代辺りの無邪気に季節行事を楽しんでいた事を思い出してるのかもしれない。そんな根拠のない推理を脳裏に浮かべながら空に届ける願い事を考える。

……少し前なら色々とあったけど、今は特にこれといって星頼みする程の願いは思い浮かばない。

「今は静雄と一緒にいられるしなあ」

慣れない考え事をしていると、無意識にそんな事を呟いてしまった。一瞬にして覚醒した意識よりも脊髄に命令されて静雄の方を見る。今のこっぱずかしい台詞よどうか静雄の耳に届いていませんように――。しかしこの距離でそんな都合の良い願いはまだ七夕当日ではないからか、織姫も彦星も聞き届けてはくれないようで、静雄とばっちり目が合ってしまう。

「まあ……そうだな」

気持ち顔の血色を良くしながら静雄は前を向いて人差し指で頬を掻く。そして恥ずかしいついでだとでもいうように、さっきまで悩んでいたその内容を口にした。

「オレも眞喜との事を書こうかと思ったんだけどよ、そういうのは他人に頼んだり願ったりするもんじゃねえと思ってな」

純粋に、静雄らしいと思った。そもそもこの街で何が起ころうとも静雄なら自分で何とかできそうだし、今は私も傍にいて手助けできるし、笹と星に願うことなんてないような気がしてくる。そうは言っても静雄も短冊には何事かを書く気がまだある様で、私自身もこのまま買い物にベルトコンベアというのも物悲しい気がしてしまう。それならと、私はこの店に来た時初めに思っていた事を書こうとペンを握り直した。私が短冊に文字を書き込んでいるのを見て静雄も何かを思いついたらしく、ペンのキャップを取り外す。

……よし、と、私が使い終わったペンを元の位置に戻し、短冊内のセンタリングはきちんと出来ているかと眺めていると、殆ど時間差なく願い事を書き終わった静雄も同じようにペンを元の場所に片した。

「書き終わった?」
「おう」

一応口頭で静雄に確認してみると、彼も満足そうに笑みを浮かべる。そして同時に短冊を相手の方へと見せ合った。

人から見れば何の変哲のない願い。『世界征服』だとか『一攫千金』だとかとんでもない野望たちをぶら下げた中に忍ばせれば、逆に浮いてしまうような、そんな文字の並び。二人して同じような内容を書いたことに、自然を笑いが零れた。

「これからもよろしくね、静雄」
「ああ、オレの方こそ」

そう言って微笑みあいながら、笹の内側の方に隣り合って短冊を吊るした。

「気を取り直して、買い物しますか。何が食べたい?」
「あー……眞喜のハンバーグが食いてえな」
「りょーかいです、任せといて!」