「おはようございます、カーティス大佐!今日こそお返事をお聞かせ下さい!」
そう言って私たちの前に現れた青年は一日の始まりに相応しい爽やかな笑顔でそう言った。マルクト軍の制服を着た彼が私たちの前にこうして朝一で挨拶に来るのは何度目だろうか。先週……いや、もっと前からだったかもしれない。ここ連日の朝を思い出して私ですらげんなりしてしまうのだから、当人はもっとうんざりしている事だろう。大佐は青年と目を合わせようともせず溜息を吐いた。
「……返事と言われましても、初めに私はお断りした筈ですが」
「でしたら、明確な理由を教えてください!」
冷たくそう言い放つ大佐に、目の前の青年は尚も食いついてくる。大佐はそんな青年の熱意が籠った言葉に応えることなく彼の横をすり抜けた。
「眞喜、行きますよ」
「あ、はい」
書類を抱えた私も大佐の後に続いて青年の横を速足で通る。青年は暫くこちらを見ていたようだが、やがて肩を落として私たちとは反対の方向へ通路を歩いて行った。
「……中々に熱烈ですね、彼。今日のお昼も明日の朝も来るんでしょうか」
私が前を歩く大佐にそう問いかけると、大佐は勘弁してくれと言いたげに大きな溜息を吐く。
「私に対して好意を持つのは結構ですがこうも度々来られては仕事に支障が出ます。……何か対策を考えないといけませんね」
「彼も優秀だそうですし、従卒にしてしまってはどうですか?」
「……冗談でもやめてください」
珍しく気が滅入る、といった表情を浮かべる大佐。そこまで彼を毛嫌いしなくても。いやでも、あそこまでしつこくされては誰でも嫌厭してしまうか。今日の昼もきっと彼は現れるんだろうなと頭の片隅で思いながら、仕事場である大佐の執務室へと入った。
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「この辺りで休憩にしましょうか」
「はい」
大佐の声を合図に手元の書類から顔を上げ、大きく伸びをする。このところ事務仕事ばっかりで身体が鈍ってしまいそう。そう思いながら椅子から腰を上げ、大佐の方へと顔を向けた。
「大佐も食堂ですよね。きっとまた現れますよ、彼」
「…………」
こんなにも他人に振り回される大佐も珍しい。面白い状況ではあるけれど、正直いい迷惑だと思う。朝の移動中といいお昼の食事時間といい、いつもいつも来られると横にいる私まで気持ちが休まるときがない。そんな私の心中を察したのか、大佐が意を決したような顔で椅子から立ち上がり私に向かって言った。
「仕方がありません。眞喜、少し付き合って頂きますよ」
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人で溢れかえった食堂。そんな中今日は何を食べようかと大佐と一緒にメニューを眺めていると、案の定例の青年が大佐に声を掛けてくる。
「カーティス大佐。お食事ご一緒してもいいですか?」
にこやかな笑顔を顔に浮かべて言う青年に、大佐は真剣な面持ちで向かい合った。
「貴方が私を慕っているのはもう十分わかりました。しかし私にその気はありません。ですからこうも再々話しかけるのはやめて頂きたい」
はっきりとそう言う大佐に青年は少しだけ顔を歪めて私にちらりと視線をやって抵抗を試みる。
「しかし、従卒が女性一人と言うのも不便ではありませんか。いくら眞喜さんが優秀だといっても、一人で大佐の助けになれる程の器が彼女にあるとは僕には思えませんが」
ここに来て初めて向けられた明確な敵意についたじろいでしまった。いくら大佐に憧れて大佐と共にいたいからといっても、ここまで言われる筋合いなんて無いはず。内心腹を立てるが大佐が何か考えがあるような事を仄めかしていたのを思い出し、言いたい文句をぐっと堪える。
「眞喜はこう見えても十分すぎる程に優秀です。事務仕事も、勿論戦闘に至ってもね。それに、彼女を私の隣に置いているのはそれだけではありませんよ」
大佐はそう言って、おもむろに私の肩に手を置いて引き寄せた。突然の事で抵抗する間もなく、私はされるがまま大佐の隣でただ唖然として身を固めるしかない。
「わかるでしょう?」
トドメとばかりに大佐は青年に向かって冷笑を浮かべて見せる。大佐と、その隣の私を見た青年は顔を赤くして少しだけ肩を震わせた後、何も言わずに踵を返して食堂から逃げるように走って行ってしまった。ちょっと待ってよ。何が『わかるでしょう』なのか。大佐の考えていた事とはこんな事だったのかと開いた口を閉じることすら忘れ、目いっぱい眉間に皺を寄せて大佐の顔を仰ぎ見る。大佐は私の肩に置いていた手をパッと放して
「ご協力ありがとうございます、眞喜。お陰で平和な日々を取り戻すことができました」
と宣って見せた。平和な日々の代償は私の心の平穏で。執務室へと戻った後、私は大佐を問い詰める。大佐は流石にこの行動で青年を遠ざけるのは私に対して心苦しいと思っていたそうで、しかし結果的に私の意識を自分に向けることに成功した、などと嬉し気に語るのだ。乙女と自分で言える年齢では流石にないが、人の心をこうも持て遊ぶ悪魔に結果的に魅せられてしまった私はあの青年と同じく被害者なのかもしれない……と、先の未来で思うのであった。