2017v-J

午後の仕事の為に資料を持って執務室に戻る昼下がり。資料を置くために自分の執務机に視線を落とすと、そこに既に置かれていた綺麗なラッピングとリボン掛けがされた小さな箱が目につく。資料を脇に置きその箱を手に取るジェイド。裏面、側面、リボンの隅々まで見てもその差出人は明記されていなかった。





「ああ、どうしよう…」

昼過ぎの休憩が終わり、自分の仕事に戻ろうとする人たちでいつもより騒がしい中でひとり眞喜は呟く。本日のバレンタイン、何年も前から慕っている上司にプレゼントの用意はしたものの、直接渡すどころか差出人である自分の名前を書く勇気すら出なかった。結果、上司の目を盗んで彼の執務机にこっそり置くだけになってしまった。別に返事を期待しているわけではないのだが、彼から見たら明らかな不審物だろう。差出人が自分であると気付かれるどころか捨てられてしまうかもしれない。……流石にそれはへこむ。いくらなんでも中身も見てもらえずに捨てられるのはへこむ。かといって今から『あのプレゼント自分からです〜』なんて言えるわけもないし……。と、思考が無限ループに陥りかけたその時、あんなに戻りたくなかった自分と上司の執務室にとうとう到着してしまった。こんなことなら終業後にこっそり置くべきだったかと思ったが、それでも今の状況と何ら変わりないかと腹を括って執務室の扉を開く。

「戻りました…」

見ると、大佐は既に執務椅子に座っていて新しい資料に目を落としていた。私もすぐに自分の椅子に腰掛け、自分に割り振られた書類を手元に寄せる。書類の文章を読み始めると、先程まであんなに悩んでいたのが嘘のように思考が仕事モードに切り替わるのが分かった。第三師団に配属されてジェイドに仕込まれたこの仕事スイッチに初めて感謝する。――これなら終業まで何とかなりそう……。そう思ったのも束の間、徐にジェイドが口を開いた。

「ところで、眞喜」

ハッとして、つい弾かれるようにジェイドの方へと視線を移してしまう。しかしジェイドの視線は未だ手元の書類を向いており、ジェイドはそのまま目が合うことなく言葉を続けた。

「先程私の机にこれがあったのですが、心当たりはないですか」

そう言って取り出したのはやはりと言うか当たり前というか、私がこっそり彼の執務机に投棄……もとい設置しておいたバレンタインのプレゼント。もうこれは観念するしかないと思いジェイドの顔を見ると、彼はこちらを見てにこりと笑って見せる。……あれは絶対差出人が私だと気付いている笑顔だ。気付いていて遊んでいるに違いない。この上司がこういう性格なのは重々承知している。観念するのはこっちのことだったかと思い直すが、何と言うべきか。どう言うのがこれからの事を考えてベストなのか考えて口を噤んでいると、ジェイドはとうとう執務椅子から腰を上げてこちらに歩いてきた。

「せっかく頂いたものですからお返しをしないと、と思いまして」

私の顔を覗き込んでジェイドは言う。なんという意地悪。イライラ半分、悔しい半分の状態から少し悲しみが増してきてまた顔を逸らす……ん?お返し?お断りの返事じゃなくてお返し?それは一体どういうことか、期待してもいいのかと恐る恐るジェイドの方へと視線を戻した。ジェイドは先程と変わらない表情で私の頬へと手を伸ばす。優しく私の頬を撫でた手はそのまま私の視線をジェイドから逸らせないように固定した。

「心当たりはありませんか、眞喜」

少しだけ真剣みを増した笑顔にどきりとし、自分の顔が熱を持つのが分かる。恥ずかしさから顔を逸らすこともできず、私はとうとう観念して口を開いた。

「私です……昼休憩の間にこっそり置きました」
「……それで?」

それより先もこの状態で言わせる気かこの上司はと思うが、残念ながらもう逃げ場はない。

「ずっと前からカーティス大佐の事を慕っていました!」

半ば自棄になってそう告げると、彼は

「上手に言えました」

と私の頭を撫でながら満足げに笑った。


こうしてやっと伝わった私の上司への想いは実るか実らないか……それはまた別のお話し。