癒着系彼女


「何でこんなことに……」

私の腕に縋りつきながら酷く弱々しい声音で、眞喜はそう呟いた。それは私の台詞です、と口から出かかった言葉と溜息を、唯々諾々とここまで来てしまった自分も自分だと何とか飲み下し、眞喜を引き摺るようにして歩みを進める。「人数が半端だから」と強引に私を誘った事に対して責任のようなものを少しは感じているらしく、私の歩幅に合わせて眞喜も足を動かした。

時は深夜、行くは林道、所は鬱蒼と木々が生い茂るファブレ家所有の森。二人一組でこの一本道を進み、奥にある目印を取って入り口まで戻ったら終了という何の捻りもないルールは誰が言いだしたのか。そもそも涼を取るために自分の親が所有する森でわざわざ肝試しとは、金持ちの坊ちゃんの言いだすことは庶民の自分には付いていけない。……言い出しっぺは坊ちゃんでなくお嬢様の方だったか……?どちらにしてもらしいとは思うが。

そんな中身のない感想を脳裏に生み出していると、暗がりの向こうに指定された目印が見えてきた。依然私の腕にへばり付いたままの眞喜もそれに気づいたらしく、少しだけ腕の力を弱めて安心した表情を浮かべる。そして、それが眞喜の顔に定着する直前、直ぐ傍の低木が音を立ててその葉を揺らした。

「きゃああっ!!」

肩どころか全身を跳ねさせて驚く眞喜。目を全力で瞑り、自分の掌と私の腕とで耳を塞いでその体制のまま固まってしまう。今度こそ留めることの出来なかった溜息が先程飲み込んだ分まで吐き出された。心の中でやれやれと呟きながら自分の耳を抑える眞喜の手を横面から引き剥がす。私の手が眞喜の手に触れた時少しだけ身体が強張ったが気にせず、開けた耳に諭すように声を掛ける。

「お化けなどいませんよ。もう少しでゴールですから、頑張ってください」

思いの外子供に言い聞かせる様な口調になってしまったが今の眞喜には効果的だったらしく、眞喜は涙目で私を見上げ「うん」と頷いた。その様子に自分の掌が彼女の頭を目指しそうになるが、利き手は彼女によって行動不能の為結局何事もなく数歩先の目印まで辿り着く。不自然なくらいにチープなその目印を手に取り、周りを警戒してはいるが怯えが少し薄らいだらしい眞喜に問いかけた。

「そんなに怖いのなら企画段階で断っても良かったんじゃありませんか?」

肝試しをすると決まった時、ティアだけが反対し、そのティアを押し切りアッシュや私を巻き込んで話が進んでいく光景を思い出す。眞喜は私の腕から気持ち体を離し、その眼を細めて答えた。

「こういう集まりって、この先何度も出来るもんじゃないでしょ?だったら苦手分野でも参加した方がいいかなって。楽しくてもそうじゃなくても後から思い出せる何かしらが残ってるわけだし」

私の腕を掴んだままはにかみながら眞喜はそう言い、「それに」と小さく続ける。

「ジェイドも来るって決まった時、これはもう行かなくちゃ!って思って……」

言って、緩やかに目が泳ぐ眞喜。そして次には罰が悪そうな顔で俯き加減に呟いた。

「でもこれじゃあ流石に……鬱陶しかったかな……。恐怖でそこまで頭が回ってなかった、ごめんなさい」

言葉と共にずり落ちていく眞喜の手を取り、「やれやれ」と、今度は声に出して言う。その言葉で眞喜の顔を上げさせた後、不安げな彼女の目を覗き込んだ。

「別に貴女を責めている訳ではありません。貴女がそのような所見なら、それで結構です」

端的な私の言葉に眞喜は頭にクエスチョンマークを浮かべる。眞喜が口にした、周りとの接し方。私がなるべく眞喜の近くにいたいと思うのは、恐らくそれと幼馴染に指摘された、自身の感情の機微に疎いという事と関係あるのだろう。自分の中に浮かぶ感情に名前を付けるのは未だに苦手ではあるが、それをどうしたいかという事は既に私の中で決まっていた。

「今は分からなくても構いません。その内私の口から話しますから」

そう言って微笑んで見せると、眞喜はそれにつられて口元を緩める。肝試しによる恐怖もすっかり収まった様だが、道半ばという事も忘れているようで、来た道を振り返り、

「あと半分ですよ、さあ、お手をどうぞ」

と片手を差し出せば、彼女は顔を青くして再び私の腕にひしとしがみついた。