楽しい過程


手の中で転がしていたスマートフォンの電源ボタンを押し、表示されたメッセージ画面を見てからもう一度電源ボタンを押して画面を非表示にする。このソファに座って何度かこの動作を繰り返すが、結局答えは出ずに心の中で大きな溜息を吐いた。

「何か楽しい事でもありましたか?」

『どうかしましたか』という本人なりの配慮を含ませた言葉を掛けながらこの部屋の主であるジェイドが私の隣に腰かける。恋仲である私を心配する時も嫌味っぽい台詞を吐くのはとっくの昔にこの人の長所だと認識してしまったからそれはもういいとして、普段通りの笑顔のままで私の顔を覗くジェイドに私は小さく「んー」と曖昧に返した。

「ルークからみんなで海に行かないかって誘われてるんだけど」

そう言いながら手の中にあるスマートフォンの真っ黒い画面に目を落とす。メッセージ画面を表示しなくてもその内容はすんなりと再生することができ、溜息の原因である文章を思い浮かべながら言った。

「ジェイドは不参加って聞いたから」
「ええ。もうその歳で保護者役は必要ないでしょう。偶には若者だけというのもいいかと思いまして」

しゃあしゃあとそう言うジェイドに「うーーん」と唸り声を上げて控えめに抗議する。ちらりとジェイドに目をやると、不健康ではない程度に白い肌が嫌に目についてしまう。自分が日に焼けて肌が浅黒くなるのは一向に構わないけど、ジェイドと並んでまるでオセロ状態になってしまうのは嫌だなあという気持ちがあった。我ながら年端もいかない女子のような悩み方だと思う。せめてジェイドも一緒に来てくれたらと思いながら、スマートフォンを握りしめた。

「そんなに私と一緒がいいですか?」

予想外の返事に今度は首を回してジェイドの顔を見る。案の定というか恒例というか、そこにはまるで楽しい玩具を得た子供のように輝く、何かを企んでいるような笑顔があった。これは絶対に何かがあると察知しながらも、一縷の望みをかけて小さく「ほんとに?」と聞き返してみる。するとジェイドは

「貴女の頼み様によっては考えてもいいですが」

と、爽やかさ400%の笑顔でのたまった。そのしたり顔が憎々しい。しかしながこういう人だと分かったうえで好きになってしまったのだから、諦めなければいけないんだろう。ジェイドに遊ばれるのは嫌じゃないけど、いかんせん羞恥心というのは中々にしぶとい感覚らしく、素直にジェイドの期待に沿う行動はとれない。その結果――

「わ、私と一緒に太陽に焦がされてください!」

という、とぼけた逃げ方になってしまうのだった。

「………………」

流石のジェイドも呆れて言葉を無くし、額に手を当てて長く溜息を吐く。少し悪ノリし過ぎただろうかと心配になりながらジェイドの顔を覗き込むと、薄く目を開けたジェイドと目が合った。

「まあ、いいでしょう」

その赤い目の奥に未だ悪戯心の残滓が沈着していることに気が付くとほぼ同時に肩を押されて、背中からソファに沈み込む。私の顔の真横に手を置いて覆い被さるように身を屈めるジェイドは意地悪く口角を上げ、反対の手で私の唇をなぞるように親指を這わせた。

「おねだりは別の機会に聞かせてもらいますよ」

そう言って、初めに話を断ったのは結果よりも過程を楽しむためだったとでも言う様にジェイドは笑って見せる。


その後、約束通りルークたちと海に行ったジェイドは器用にも、日陰から出ることなく離れた場所で私たちをおちょくって遊んでいたのはまあ彼らしいという事か。