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「おーいガイ。こんな感じでいいのか?」
「ああ、いいんじゃないか。覗いてみろよ」

「綺麗ね……。本の世界みたいだわ……」
「本当ですわね……。アッシュも来ればよろしかったのに」
「あたしもイオン様連れてくるんだったなあ」

真夏だというのに半袖では肌寒い高原の上で、男性陣は望遠鏡の調節を、女性陣はそれから少し離れた所でござを敷いて横になりガールズトークを繰り広げていた。視線を巡らせれば上だけでなく、横と、それに自分より低い位置にも星空が広がっていて、まるで星空の中にいるようにさえ感じる。皆の中心にある懐中電灯以外の灯りが一切ないこの場所で、空に瞬く星々はまるで………………この、テレビや雑誌や絵画で見るようなそれそのものの星空を、しゃれっ気たっぷりに表現できる語彙力がなかった。諦めて両手に握るタンブラーを口に傾ける。

「貴女はうら若き女性たちの雑談に参加しなくていいんですか?」

口に含んだ麦茶を舌の上で転がしながら空を見上げていると、唐突に隣の人物から声を掛けられた。声の主が私と同じくタンブラーを片手に背の低いキャンプ用の椅子に腰かけるのを見届けてから麦茶を食道に送り込み、返答を口にする。

「さっきまで散々質問攻めにされてたから、逃げて来たの」

風景そっちのけで恋愛話を繰り広げていたさっきまでの状況を思い出してつい苦笑いが浮かんだ。寧ろ私が離れた事が会話の消火を果たしたらしく、三人は川の字になってうっとりとした表情を浮かべている。

「それはそれは。お気の毒です」

全く心のこもっていない同情を口にしたジェイドはタンブラーを傾けてその中身を賞味した。……彼女たちに根っこどころか周りの土まで掘りつくされそうになりながら尋ねられたのはジェイドの事なんだけどなあ。いつの間にか彼女たちに知られていたジェイドに対する恋心というやつはいつから私の胸に巣食っているのか、何がきっかけで生まれたのか、これからそいつをどうしていきたいのか、そんな事を興味津々に爛々と輝く瞳を携えて聞かれまくった。真相はことごとく希釈して気化させていったけれど、実は既に想いを伝えあって相思相愛だったりする。お付き合いというものをしているかと聞かれると、それもまた微妙な所なんだけど。まったくそっとしておいて欲しいもんだと思いながらも、きっと彼女たちの内の誰かが各人の番――ティアは赤くなって否定、アニスは会話ごと島流しにして、ナタリアだけ認めそう――と何かあった時には私も全力で応援したり楽しんだりからかったりするんだろうと思いました。

それにしても、だ。

「ジェイドが星空眺めてるっていうのも結構意外」

麦茶に口を付けてジェイドの顔を見る。道中では仲間内では保護者兼引率という立ち位置になってしまっている所為で無理矢理引っ張ってこられたと言っていたけど、意外にもきちんと景色を眺めたりしているようで、風景を楽しんでいるように見えるのが割と新鮮というか、珍しいと思ってしまった。

「おや、そうですか?いつでも私は神羅万象すべてのものを愛でながら生きていますが」
「………………」

いつもの数十倍は酷い口からのでまかせに、もうこちらとしては渾身のジト目を向けるしかない。目線をそのままにずるずると音を立てながら麦茶を啜っていると、ジェイドはにこりと笑って手招きする。自身の指で耳を示すその動作から、どうやら耳を貸せと言いたいらしい。さっきの戯言をどう落とすのかと思いながら、無防備にも彼の促すままに耳を差し出した。

「貴女といると、どのような景色でも良いものに感じてしまうんですよ」
「っ!!」

掠れた小さな声でそう囁かれ、パッと身体を離す。差し出した方の耳を掌で抑えて、ジェイドの顔を見た。返す言葉も見つからず、只々照れと恥ずかしさに顔を赤らめるしかない。標高の高さゆえの寒さも素足で逃げ出すレベルだ。そんな私を見て、ジェイドは声を上げて短く笑って言う。

「まるで一種の麻薬の様ですね」

その言葉の意味は、きっと考え出したらきりがない。けれど私も同じなんだなと脳裏で思った。そして私も、他の人に聞こえないよう注意を払いながら口を開く。

「責任、取る覚悟はあるよ」

振り絞るように出した言葉に、ジェイドは満足げな笑みを浮かべた。

「お互いに、ね」