喧嘩人形の十数日間/ひとつ近づく



今日この日は日曜日で、良来学園も休校日である。雪乃は朝ごはんを作り、リヴィングに運んでいた。

『おいしそうだな……』

食卓椅子に腰掛けたセルティは、少し悔しそうに文字を綴る。

「なんだか申し訳ないね」

「いいんです。居候させてもらってる身ですから」

雪乃が笑顔で運んでくる食事は、いち女生徒が作ったとは思えないほどの美味しそうな見た目だった。料理を運び終えた雪乃は席に着き、手を合わせる。新羅もセルティの隣に腰掛ける。

「「いただきます」」

早速料理を口に運んだ新羅は、口に含んだものを飲み込んで言う。

「見た目だけじゃなくて味も最高だよ」

「有難うございます」

食事をしながら照れる雪乃に、セルティはPDAをかざす。

『どうしたらそんなに美味しくできるんだ?』

飲み込んだ雪乃は箸を置き、お茶を啜って答えた。

「最初は本を読んで作ってたんですけど、料理が下手な人は味見しないっていいますよね。セルティさんの場合、新羅さんと一緒に作ったらいいと思いますけど・・・」

セルティはハッとし、食事を続ける新羅にPDAを向ける。

『そうだ。料理は私がして味見は新羅がすれば、その料理は私の手作りということになるんじゃないか?』

「そうだよ!!これでようやくセルティの手料理が――」


   ガチャッ


新羅が食事を口に含んだままセルティに飛びつこうとすると、丁度のタイミングで玄関が開いた。

「よお、ユキいるか?」



           ♂♀



「じゃあ気をつけてね、二人とも」

新羅に見送られた雪乃と静雄は、手を振ってから新羅のマンションを出た。朝から雪乃の迎えに来た静雄。どうやら昨日の買い物の仕切り直しをしたかったらしい。食事の後片付けは新羅とセルティに任せて、部屋を出た雪乃だった。
繁華街は休日ということもあり、人と喧噪で溢れかえっていた。そしてそのまま、会話らしい会話をしないまま買い物を済ませるふたりっだった。



           ♂♀



――やっぱり、何を話せばいいかわからない……。

公園のベンチに座った雪乃は、同じくベンチに置かれている買い物袋を傍に寄せながら思った。人と一緒にいるといかに自分が口下手なのかよくわかる。買い物を一通り済ませた二人は大きな噴水のある公園でひと休みしていた。雪乃は溜息をつきながら噴水の向こう側にある自販機までジュースを買いに行った静雄を見る。やはり他人は得意ではないと思いながらもう一度、さっきより深い溜息をついた。公園はそこそこ人が沢山おり、カラーギャングらしき青年たちもちらほら見える。静かに座って静雄を待っていると、突然横から声を掛けられた。

「一さん……?」



           ♂♀
  


「竜ヶ峰さん、園原さん、紀田さん……」

 静雄を待っていた雪乃の前に現れたのは良来3人組だった。

「あ、紀田さん、この前のことなんだけど……。」

以前に告白されたことを思い出して、雪乃は立ち上がる。正臣の正面に立った彼女は深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。わたし、誰とも付き合う気はないんです」

「いいよ、分かった。俺も気にしてないからさ」

笑顔で淡々と答える正臣に、帝人と杏里は本当に不純だと思いながら、一人ベンチで待ち惚けていた雪乃に声を掛ける。

「一さんは何でここに?」

ベンチから落ちそうになる荷物を受け止めて、雪乃は噴水の向こう側を指して答えた。

「えと……静雄さんと買い物に……」

 『静雄』という単語を聞いて、帝人たちは目を見開く。

「静雄って、あの平和島静雄さん?」

「はい」

「どうしてまた……」

それから雪乃はこれまでのことをかいつまんで話した。もちろん、セルティと新羅のことは伏せて。家が火事になったこと、知り合いの家に居候していること、初日から静雄と買い物に行き始めたこと、そして昨日のことは『不良に追いかけられたが何とか逃げ切れた』と話しておいた。

「そうか……大変だね……」

同情の視線を向ける帝人に雪乃は手を横に振る。

「そんなことないです。わたしより大変な人なんてもっと居ますから……。それで、皆さんは何をしてたんですか?」

「俺たちは軽く街の探索って感じだな。それじゃ俺たちもそろそろ行こうぜ」

軽く言った正臣に、雪乃は笑顔で手を振る。帝人と正臣は手を振り、杏里は頭を下げてから人ごみに飲まれていった。ふう、と一息ついて再びベンチに腰を下ろす雪乃。帰りが遅いと思い、噴水の向こうに静雄の姿を探す。静雄はジュースを二つ持ってこちらに歩いているところだった。


TOP