喧嘩人形の十数日間/一歩近づく



部屋が全焼してからはや4日目。朝起きて二人分の朝ごはんを作り新羅の家から学校に通うという生活にも大分慣れてきた。アパートの部屋が直るまで泊めてもらうという約束だが、部屋の修理は終わらなくても良いと……終わらないほうが良いと思っている自分に驚きつつもこの状況に甘えさせてもらっている雪乃。この日はこの前静雄と一緒に行った眼鏡屋に眼鏡を取りに行くつもりだ。



           ♂♀



「ありがとうございましたー」

この前とは違う、あからさまにやる気のなさそうな店員の声を背中で受けながら店を出る。静雄が選んでくれた眼鏡を取り出し、早速掛けてみる。

「わー。世界がハッキリ見えるよー……」

と、隣に人が居ても聞こえるか聞こえないかくらいの声量で一人ごちてみる雪乃。眼鏡を掛けたまま新羅のアパートまで帰ってみることにして、街を歩き出した。方耳にイヤホンをはめて、お気に入りの曲を流す。――やっぱり眼鏡掛けてると色んな所が見えるなぁ。まるで池袋に来たばかりの人間のようにキョロキョロと辺りを見回しながら歩いて行いった。



           ♂♀



新羅の家に帰る道中、雪乃は以前にセルティと出合った裏路地を通るか迷っていた。――こっちの方が早く着くけどあんなことあった後だからなぁ……。どうしようかと迷いながら路地を覗き込むと…

    ヒュッ…!!!

 ガシャアアアアァァァアアァアアァァ……ン…


「……え?」

物凄い勢いで路地の奥から人間と少し遅れてひしゃげた竪樋が飛んできた。人間のほうは道路を挟んだ向こう側の建物にぶち当たり、竪樋のほうは道路に停車していたトラックの荷台に突き刺さった。この街でこんなことができるのはひとりしか知らないと思い、路地の奥を見る。眼鏡を掛けているお陰で人間と竪樋を投げた人物はハッキリと視認できた。

「静雄、さん……」

路地から出てきた静雄は道路にたたずむ雪乃を目にする。

「……ユキ……」

「おい静雄。そいつ生きてっぺー?……静雄?」

独特の訛りの残る言葉で静雄の後を追ってきた静雄の上司、田中トムは静雄と雪乃の間の空気が凍りついた音を聞いた。



           ♂♀



平和島静雄は今、強い後悔の念に囚われていた。
――マズッた……。
静雄と雪乃はあの後近くの公園に来ていた。二人はベンチに腰掛け、トムは離れたところでコーヒーを片手にくつろいでいる。静雄と雪乃はかれこれ10分程言葉を発しておらず、二人の間には耐え難い空気が鎮座してしまっていた。雪乃はただ驚いて何と言って良いか分からないだけだが、静雄は街中で『力』を使ってしまったことを後悔していた。
今まで彼の力のことを知っていて尚近づいてきた奴らはいたが、その殆どが力を目の当たりにして離れていった。雪乃もそうだろうと思っているのだ。今までならそれでショックを受けることもなかっただろうが、すでに静雄にとって雪乃が『日常』の存在になってしまったことをまだ本人は気づいていない。周りは騒がしい公園の中で、先に沈黙に耐えられなくなったのは雪乃のほうだった。

「……前から気になってたんですけど、静雄さんって何の仕事してるんで……の?」

普段敬語で喋りなれているせいで語尾のほうが一瞬敬語になってしまったが慌てて訂正する雪乃。想像だにしていなかった質問を聞かされてか、はたまた雪乃が慌てて言葉を繋ぎ直したからか、静雄は自然に頬が弛緩するのを感じた。笑っている静雄を見て、何か可笑しいことをしてしまったのかと慌てる雪乃。

「へ?あ、静雄さん……?」

「あぁ……。いや、何でもないんだ、気にすんな。仕事はまぁ、トムさんのボディーガードだな。今まで色んな仕事に就いてたけど、まぁこの性格だしな。全然続かなかったわけだ」

それから静雄は、十数分に渡って自分の身の上話を雪乃に話して聞かせた。その時の静雄の表情はとても嬉しそうだったという。



           ♂♀



雪乃と分かれた静雄は、トムでさえ久々に見る清々しい顔だった。

「あの女の子は?もしかして静雄の彼女か?」

あまりにも珍しい現象に、事務所に戻る道中、静雄の上司であるトムはカラカラと笑いながら聞いた。

「なっ、何言ってんスか、トムさん。雪乃はオレには勿体無いですよ」

静雄は笑いながら答えたが、その横顔は心なしか、トムには赤くなっているように見えた。

「……?…………!」

一瞬夕日に照らされている所為かと思ったトムだが、ある考えが頭を過ぎった。

「そうかそうか!静雄もまだ若いってことだな」

「?」

頭にはてなを浮かべる静雄の背中をトムは軽く叩いて歩みを速めた。

「ちょっ!何のことですか、トムさん!」

トムに合わせて足を動かす静雄は、まだ気づいていないのであった。今まででは在り得ない様な、誰かに執着するという感情に。



           ♂♀



心なしか足取りが軽くなる。自分でも頭から音符が出てくるのが分かる。浮かれているなぁとか自分でも感じながらも、思わず顔がにやけてしまう。やっぱり誰かと話せるのは嬉しい。今まで二次元にはまりすぎた所為と自分が口下手なことも手伝って他人と距離ができていたが、今日は静雄が身の上話を話してくれた。話をしたというより話を聞いただけに尽きるが、誰かが自分の話をしてしてくれるのはとても嬉しい。当初の目的とは大分ずれてしまっているが、これはこれで楽しい。
ただ彼女はいつも、自分の考えを貫き通せないことを常に嫌悪している。









           第6話end...
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