喧嘩人形の十数日間/接触



新羅という、自称出張闇医者の家で暮らし始めて5日目。一雪乃はすっかり新羅たちの日常に組み込まれていた。新羅にとってもセルティにとっても、そして静雄にとっても、雪乃はすでに『こちら』側の人間になっていたのだ。そこには誰も、疑問や疑念を抱いている人間はひとりもいなかった。



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この日、雪乃は特にすることが無かったため、家――新羅のアパートに帰ってのんびりネットでもしようかと考えていた。今日は静雄は仕事だったのか、学校には来ていなかった。それを少し寂しく感じながら新羅のアパートへ直行する。

「一雪乃さん」

町のど真ん中で、一は青空のような声の持ち主に声を掛けられた。普通の人間ならば好感を持てそうなほどの綺麗な声だったが、その声の主を知っている雪乃からすれば一生のうちに会いたくない人種のひとりである人物だ。

「やぁ、元気?」

雪乃は振り返り声の主の姿を確認すると、露骨に嫌そうな顔をしてみせた。

「やだなぁ、そんな嫌そうな顔しないでよ。今日は途中経過を聞きに来ただけだからさ」

雪乃の顔を見ると、声の主――折原臨也は大仰に肩を竦めた。

「ここじゃなんだから、移動しようよ」



           ♂♀



臨也に連れられて移動した先は小さな公園だった。雪乃はベンチに腰掛けているが、臨也は何故か豚形の遊具を前後にギコギコと揺らしている。

「俺の情報は役に立ったかな、一雪乃ちゃん」

「はい。その節はお世話になりました」

深々と頭を下げる雪乃の前に、遊具から飛び降りた臨也は軽快な足取りで近寄る。

「それで、その後はどうかな?彼の生態は」

「特になにも……。多分臨也さんが期待してるようなことは何も無いと思いますけど」

多少のことでは他人に嫌悪間を抱かない雪乃だが、目の前にいる折原臨也という男には何か釈然としない苛立ちを覚えていた。それも、その嫌悪感が表に出てしまうほどに。雪乃のあまりに素っ気無い態度を見た臨也は実に楽しそうにその場で一回転すると、

「まさかここまで嫌われてるとはねぇ。君も最初会った時から大分変わったみたいだね」

と言って、ポケットから携帯を取り出した。携帯で時刻を確認した臨也はすぐに携帯をしまい、公園の出口に身体を向けた。

「まぁ俺も暇なわけじゃないからね。何かあったら俺の携帯に電話してくるといいよ。特にあの『化け物』の情報なら沢山あるからさ」

と、すたすたと歩いていってしまった。

「何がしたかったんだろう……」

この少しの会話の意味を見出せずに雪乃が呆然と臨也が公園を出るのを見届けていると、街の遠くから何か大きな物と共に既に聞きなれた怒鳴り声が飛んできた。

「いぃぃいいいいぃぃいぃざぁああぁあやあああぁあぁぁぁぁああ!!」

それは勿論平和島静雄の怒声で、飛んできた物体は公園のフェンスの一部だった。臨也は飄々とした様子で曲がり角の奥へ消えていき、それを追ってきた静雄の目はばっちりと雪乃のそれとマッチした。


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