喧嘩人形の十数日間/互いに行動、そして悪化



最近良来学園に通っていて少し以前と違ったことがある。竜ヶ峰くんと園原さんが一緒にいるところは前と変わらないけど、あの二人の傍に紀田くんの姿が見えない。なにやらきな臭いモノを感じた雪乃だったが、特に気にすることも無いだろうとその件については頭の隅に追いやることにした。もっとも、その件に関しては彼女はもう関わることは無いのだが。



           ♂♀



今日も静雄は仕事が忙しいらしく、校門には来ていなかった。

「まぁ、別に約束してるわけじゃないから」

と、何か自分に言い聞かせるように小さな声で呟いた雪乃は、そのまま大手百貨店へと向かった。



           ♂♀



とりあえず、今までのお返しとして何かプレゼント……って、

「何がいいんだろう」

世話になっている礼として、新羅、セルティ、静雄に何かしようと思った雪乃。良来学園から百貨店へと足を運んだ雪乃は、食べ物よりも日常的に使う物のほうがいいかと食器のコーナーへ足を運んだがはたと立ち止まり、考え込んでいた。近くにあるベンチへ腰掛けると、深く溜息をつく。大体、昨日ひとりであんなに大見得切ったってあの人たちのこと何にも知らないし……。情報が少なすぎるよ……。バカだなぁ、わたし……。

「って、今にわかったことじゃないけど」

右手に握る、ここに来る前に買ったジッポライターに視線を落とす。昨日の夜の時点で思いついていた贈り物は、この静雄へのライターだけだった。

「やっぱり……定番は花かなぁ……。……今日はもう帰ってまた出直そう……」

と、思い直した雪乃は立ち上がり、しょぼしょぼと百貨店を後にした。



           ♂♀
  


池袋内にあるとある噴水広場のベンチにセルティと静雄が二人並んで腰掛けている。静雄は煙草の煙を大きく吐き出すと、既に短くなった煙草をベンチの隣に備え付けられた灰皿に押し付ける。

「なぁセルティ。プレゼント……って、何がいいんだ?」

そう切り出した静雄に、セルティは意外そうな反応を見せた。

『プレゼント?……一体誰にあげるんだ?』

「いや、誰っつーか、まぁ……ユキにな」

『雪乃ちゃんに?どうしてまた』

今まで静雄が誰かにプレゼントをするという行為を想像すらしたことのなかったセルティは、首を傾げながら身を乗り出す。

「いや……なんかよ、アイツも家が燃えて大変だろうと思ってよ」

『……?』

――なんだかこの静雄……少しおかしいな……。目の前の友人に多少の違和感を覚えたセルティだったが、静雄はもとから根はいい奴だったと思い直し静雄との会話を続けた。

『食器……そうだな……コップなんかはどうだ?新羅の家は元々私と新羅の分しかないから客用のを使ってもらっているんだが、コップならもとの家に戻っても邪魔にならないだろう?』

「コップか……。そうだな、サンキュ、セルティ!」

静雄はそのままベンチから腰を上げ、セルティの背中を叩いた。その拍子で取れかけたヘルメットを、慌てて装着しなおすセルティ。叩いた、といっても、静雄にとっては軽くタッチした程度のつもりだったのだが。

『コップ、買いに行くんだろう?私も付き合おうか?』




           ♂♀



セルティと静雄が入ったのは、街の片隅にある小さな雑貨屋だった。文房具から小さな家具まで様々な物が置いてある店だ。フルフェイスメットを着けたセルティでも咎められることなく入店できた。食器コーナーには、小洒落た食器からシンプルな食器まで多種多様。その中で静雄は、一斤染がベースで、控えめにラメの入った紅色の大小二匹の蝶が隅に舞ったマグカップを手に取った。

『綺麗だな……。赤い蝶か』

「あぁ。前、眼鏡を買いに言った時、赤が好きだって聞いてたからな……」

『それに決めるか?』

セルティの言葉に、静雄は首を振った。

「いや、もう少し見てまわってからにしようぜ」

と、あらかた店内を見てまわった静雄とセルティだったがそれ以上にいい品が見つからず、紅の蝶が舞うマグカップを買ったのだった。


TOP