空白の2日間から/過去との直接対決・前座



美邦との再会から、雪乃が新羅のアパートに帰ることはなかった。平日というのにも関わらず学校にも行っていないようで、新羅、セルティ、静雄の3人が仕事の合間に池袋中を探しても、とうとう見つけることはできなかった。3人とも、雪乃の失踪に得たいの知れない胸騒ぎのようなものを感じ取っていた。



           ♂♀



雪乃が姿を消した二日後の夕方。普段なら斜陽が町全体を包んでいるであろうこの時間帯も、今朝からの生憎の雨ですっかり薄暗い。仕事が終わった静雄はとある公園で傘を差し、煙草を吹かしていた。湿気ている煙草でも、よほどの土砂降りで無い限り火は点いた。彼は仕事が終わった後、雪乃を探して会社の事務所から公園まで見回っていたのだ。しかし、結局のところ雪乃どころか手がかりも手にしていなかった。大きく紫煙を吹き出すと、静雄は煙草を公園内に設置されている灰皿に押し付け、雪乃の探索を再開しようと公園の中を見回す。雨のため、公園どころか道路も閑散としている中で、静雄はブランコの辺りにある人影を見つけた。

「……―――っっ!!」

ブランコには傘も差さず、顔に当たる鬱陶しい雨粒をも気にしない様子で、一雪乃が空を見上げていた。



           ♂♀
  


「ユキ!!」

空から落ちてくる雨の音にかき消されずに聞こえた、自分を呼ぶ声。その声にゆるゆると振り向くと、静雄が駆け寄ってくるのが見えた。ここを離れようと思い、ブランコから腰を浮かすが、すぐに追いつかれるだろうし、逃げ回るのも疲れたために再び腰を落ち着かせた。

「ユキ!」

もう一度静雄が名前をよび、雪乃の目の前に傘を差して静雄は視線を合わせるべく膝を突いた。

「ユキ。一体何があった」

探している間は言いたいことが山ほどあったのに、結局はこの一言に絞られてしまった。

「ちょっと、ひとりで考えたいことがあって」

そう、消え入りそうな声で答えた雪乃の身体は雨で冷え切っていた。考えたいこととはもちろん、美邦のことである美邦が指定した期間は一週間。それまで時間はたっぷりとあるが、雪乃は美邦がそれを守るか疑っていた。美邦は今自分がどこで生活をしているかを知っていると言った。一週間が来なくとも、彼が自分の周りの人間に危害を加えないという保障はないのだ。静雄にどこまで話したら大丈夫かと迷う雪乃。いっそのこと、自分が人間ではないというところも含めて、全て話してしまおうか。そうすれば、彼らは離れていってしまうだろうか。そう思考を巡らせていた雪乃を、おもむろに静雄が抱き寄せた。

「すっかり冷たくなってるじゃねぇか」

目を瞠る雪乃。彼女は身体を離そうと考えるが、すぐに静雄は離れてもまたこうするだろうと悟ると、静雄の腕に身を預けた。

「何かあったんだろ?……もしかして、この前の連中か?」

静雄の言う連中とはきっと数日前襲ってきた連中のことか。雪乃は正直に首を縦に振った。

「あの人たちはわたしの知り合いなの。わたしが静雄の傍にいたから、静雄も巻き込まれたんだ……」

まるで独白するように言った雪乃を抱いたまま、静雄は雪乃が次の言葉を紡ぐのを待った。雪乃は静雄のシャツの袖を掴んで俯く。

「昨日あいつらに会って、戻ってこいって言われた。それで、一週間以内に返事がないと何するかわからないって……。でも、あいつらが約束守るとは思えないから……」


「ひとりでずっと考え込んでたのか?オレたちの為に」


数秒の沈黙の後、雪乃は微かに頷いた。静雄は雪乃の濡れた髪の毛を撫でながら、浅く長い溜息をつくと、雪乃の肩を掴んで身体を離し、その濡れた瞳を見つめて言った。

「お前は戻りたくないんだろ?」

「……」

「だったら、お前はオレの傍に居ればいい」

「……!」

告白ともとれる静雄の台詞に、雪乃の瞳は大きく揺れる。動揺する雪乃を余所に、静雄は更に続けた。

「誰かがお前を傷つけようとしてもオレがお前を守る。オレだけじゃない。セルティや新羅だって、お前が居たほうがいいんだ」

今まで言われたことのない、向けられたことの無い言葉に、雪乃は自身の涙腺が酷く緩むのを感じた。熱い雫が雨に混ざって頬を伝い落ちる。嬉しい、という気持ちとともに、必ず、自分のことを話そうという気持ちが大きくなる。彼なら、受け入れてくれるだろうという希望が膨らんでいく。

「……が、と……」

「?」

「ありがと……静雄」

流れる涙を放置した雪乃は、目を細めてはにかんだ。……決意が固まった。
いまの日常を受け入れる心の準備も整った。結果がどうなろうと、美邦の提案を断ることができそうだ。静雄が、セルティが、新羅が、受け入れてくれるというのなら、わたしはそれに甘えよう。今度は自分から静雄に抱きついた雪乃が、雨の中でも良く通る声で静雄に言った。

「……――ありがとう」


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