空白の2日間から/過去との直接対決開始



「……――おっ!……し……お!起きなよ、静雄!」

幼馴染の只ならない声で意識が覚醒した。ズキズキと疼くように痛む頭を抑えながら、上半身を起こした。

「静雄!」

『よかった……無事だったんだな』

目を開いて一番に飛び込んだのは、セルティの心配そうにおろおろと揺れるPDAだった。

「ここは……」

新羅の家。そのリビングに設置されているソファの上に静雄は横になっていた。部屋の中を見回すと、新羅とセルティだけでなく何故か京平までもが険しい顔で。

「あぁ、彼は道路で死んでた君をここまで連れてきてくれたんだよ」

「!!」

新羅の暴言に反応するよりも、静雄は何者かに連れ去られた雪乃を思い出し、身体を動かそうとする。しかし、それはドアの前に立ちふさがるセルティによって静止せざるを得なくなった。

「退けよ、セルティ」

やや興奮気味の静雄に、セルティは文が打たれたPDAを提示した。

『待て静雄。何があったのか説明してくれ。それに、私と新羅からも話がある』

「あ?」



           ♂♀



「なるほどね……。まさかそんな理由があったなんて」

雪乃のことを一通り説明し終えた静雄は、苛々と貧乏揺すりをして、新羅を睨みつける。

「だから急がなきゃならねえんだよ」

「ちょっと待てよ、静雄。僕からも彼女のことで話があるんだ」

立ち上がろうとする静雄の腕を掴み、再び椅子に腰を降ろすよう促す新羅。話を聞いたセルティも京平も、若干驚いているようだ。普通ならば人体が断裂するような衝撃を受けてもピンピンしている静雄にと、何やらややこしい事件の中心にいるという雪乃に。しかし、その驚きは次に発せられる新羅の台詞によって上書きされる。

「彼女はもしかしたら――いや、かなりの可能性で人間じゃない」



           ♂♀
  


「どういうことだよ、そりゃあ……」

驚きを隠せないまま椅子に腰を降ろす静雄。静雄の後ろで話を聞いていた京平とセルティも話を始めて聞いたのか、両者とも驚いている。静雄の問いに、やれやれという風に肩を竦め、新羅は話し始めた。

「これは結構確かな筋の情報なんだけど、彼女は一種の妖怪のような存在らしいんだ。それも、誰にも知られず名前も無いようなマイナーなね」

淡々と言う新羅に、セルティはわなわなと肩を震わせながら覚束ない手つきでPDAに文字を打ち込む。

『どういうことだ、新羅!?もし雪乃ちゃんが妖怪や精霊なら、何で私が気づかない?』

「そう。それも含めて、彼女たちはある意味特殊な存在――ということらしいんだ」

よく聞いてよ、と前振って、新羅は説明する。

「彼女はとあるマイナーな妖怪の一種なんだ。その妖怪にはいくつか能力があってね、これまた異質なものばかりなんだよ。ひとつは、体力の急減と引き換えに、一時的に爆発的なパワーを出せること」

この台詞を聞き、静雄にはいつしか雪乃がトラックをひっくり返した時の事を思い出した。確かあの時、彼女は急激な疲れを見せていた。

「ひとつは無条件に不特定多数の人に愛されるということ」

『愛?』

間髪要れずに質問を入れたセルティに、新羅は頷いてみせる。

「情報元の人が言うには、その妖怪っていうのは何をしたわけでもなく、初対面の人でも誰からでも愛される≠轤オいんだ。でもこれは既に薄まっている能力らしくて、今は初対面の警戒を無くすくらいらしいから無視してもいいレベルかな。そして最後のこれが、一番厄介な能力なんだ」

新羅が一呼吸置く事により、辺りに重苦しい空気が漂う。

「その能力はね、誰彼構わず、自分の周りにいる人たち全てに不幸≠押し付けるというものらしい」

新羅の言葉の意味を図りかねているらしい3人に、新羅は少し苦笑いを浮かべつつ補足した。

「つまり彼らの能力によって彼らを愛してしまい近づいたが最後、その能力によって災難に巻き込まれるってこと」

『そっ、そんなこと……』

震えるセルティに新羅は優しく笑いかけた。

「でも、彼らは人間社会で暮らしていくうちにその特性が薄まっていっているらしいんだよ。怪力能力しかり、愛される能力しかり。3つ目の能力だってそうかもしれないから、実のところ、なんともいえないんだ。今更雪乃ちゃんが人間じゃないからってどうしたわけでもないしね」

『静雄……』

新羅の話が終わり、セルティが微動だにしなくなった静雄を心配して顔を覗きこむ。静雄の肩か微かに震えていた。

『……静雄?』

「……もういいだろ。俺は行くぜ」

静かに立ち上がった静雄は僅かに怒気を纏っていた。そう、静雄には最早雪乃が何者だろうと関係がなくなっていた。ただ、自分と、セルティと、新羅と知り合った。その為に自分たちと親しくなっただけの少女だ。妖怪の能力も何も、知ったことではない。現に、雪乃は心も身体も限りなく人間に近しい存在になっていたのだから。


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