首なしライダー、出会う/非日常のはじまりはじまり



『リッパーナイト』から3日、池袋がようやく日常に戻り始めたその日。一部の人間にまたも非日常が覆い被さることとなる。

始まりは、竜ヶ峰帝人が通うクラスだった。


午後の授業により、静寂に包まれたクラス。『リッパーナイト』という、数日前に起きた事件という恰好の話の種を見つけて盛り上がっていた生徒たちも、午後の気だるい授業をきちんと受けている。そんな中、パタパタという乾いた音と共に生徒たちの新たな話の種が舞い込んで来た。その音に気づいた、今の今まで授業をしていた教師は廊下の外へ出て行く。走ってきた人物と少しの間言葉を交わした教師は、半身だけ身を教室に乗り込ませると、一人の女生徒の名を呼んだ。

「一」

名前を呼ばれた生徒は静かに席を立つと、教師の傍まで歩いて行く。三言ほど教師と言葉を交わした、一と呼ばれた生徒が廊下を駆け足で移動していくのが分かった。ざわめく生徒たちに、教師は

「お前たちは静かに自習していろ」

と、何の抑止力も持たない一言を残して一の後を追っていった。いきなりの『非日常』の訪れに、周囲の人間と言葉を交わし始める生徒たち。必死にノートをとっていた帝人は、またも訪れた『非日常』に心を躍らせながらも、同時に今呼ばれた少女について考えた。
彼女の名は『一 雪乃』。教室では比較的大人しいほうで、友人らしき人物と楽しげに話しているところは一度も見たことがない。帝人の印象は――おそらく、クラスの人間殆どの彼女に対しての印象は、「珍しい苗字だなぁ」くらいのものだろう。あと覚えているのは、学校では、冬はブレザーを着ているが常に私服を着ているという事と、授業になったら眼鏡を掛けるという事くらいか。しかし、その影の薄さと相違して、何故か彼女には『好意』というものが向いているような気がする。初めて見たときから、敵意を向ける必要が無いと認識しているような無意識の感情だ。
そんな彼女は結局、一度荷物を取りに教室へ戻ってきただけでそのまま早退することになった。


   ♂♀


冬空の下、竜ヶ峰帝人、紀田正臣、園原杏里の三人はいつもと同じく待ち合わせたように下校している。来良学園の校門を出て少し歩いた所で、前を歩いていた正臣が後ろを向く。両手を組んで頭の後ろに置き、後ろ歩きのまま帝人と杏里を見て言った。

「今日さ、お前らのクラスで早退した娘いるじゃん?確か、一雪乃って娘」

今日の授業中に早退した、同じクラスの自分でも印象が薄い彼女のことを他のクラスの正臣が知っていることに驚いて、帝人と杏里は互いに顔を見合わせる。

「なんで正臣がそんなこと知ってるの?」

その帝人の問いに、正臣は間髪入れずに立ち止まり、大きく両手を広げた。

「それは!!彼女は俺が入学式の日に一目惚れした37人の女子の内のひとりだかさっ!」

大げさなポーズをとる正臣に、周囲の人たちの奇異の目が集中する。それが恥ずかしくなり、正臣を歩くよう促し歩みを進める帝人。正臣の背中を押すのに忙しい帝人に代わって、杏里が話の続きを話すように顔を覗かせた。

「それで、その娘がどうかしたんですか?」

やっと自分で歩き出した正臣は、顔から笑顔を消して、しかし依然として噂話の範疇だという風に話す。

「そうそう、彼女の家がさ――まぁアパートなんだけど、部屋が全焼したらしいんだよ」


   ♂♀


某高級アパートの一室のソファに寄り添うのは奇妙なふたつの人影。ひとつは、白衣ということを除けばのごく普通の人間だが、もう一つの人影は首から上が存在しないのだ。首の断面は黒く、そこから漆黒の影のようなものが滲み出ている。
彼女はセルティ・ストゥルルソン。俗に『デュラハン』と呼ばれる、スコットランドからアイルランドを居とする首無し騎士の格好をした妖精だ。俗にコシュタ・バワーと呼ばれる首無し馬を引き連れている彼女は、20年程前に首を盗まれ日本に辿りつく。その後紆余曲折あり、現在寄り添うように隣に座る男、岸谷新羅と共に同棲することとなったのだ。
そして二人は今、仕事の話をしている。


「それで、今回の仕事は運び屋じゃなくて荷物の回収なんだけど……」


彼がセルティに差し出した一枚のメモ用紙には『回収、封筒を輸送』という小さな単語と、依頼主の住所らしきものが書かれていた。セルティは小型のPDAを取り出すとそこに文字を綴る。

『何を回収するんだ?』

「ここに書いてある白い封筒だよ。中身は何か聞いてないけど、封筒を回収したらそのままポストに入れてくれってさ」

セルティは立ち上がり、PDAに

『了解した。今から出る』

と打ち込んで新羅に見せ、愛車の『シューター』の元に向かった。


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