応えの覚悟
「コイツら全員皆殺し!もう全部終わりにしちまえェェ!!」
美邦の叫びににも似た声を皮切りに、八咫樗のメンバーは雄たけびを上げて静雄に襲い掛かった。襲い来る数多のナイフを静雄は潜り抜け、的確に相手の身体に打撃を加える。そうして何人かを床に倒し、静雄は斜め後ろの雪乃に声をかけた。
「ユキ、取り敢えず門田んとこまで行くぞ!」
その言葉に頷き、次々と若者たちを薙ぐ静雄の背中を追う。勿論、好機とばかりに雪乃にもナイフが襲い掛かるが、それを静雄が許す筈もなく返り討ちに遭う八咫樗のメンバーたち。雪乃も雪乃で出来る限り応戦していく。これでも以前は八咫樗の幹部だったのだ。それなりに喧嘩もしたことがあるし、チカラ≠少量ずつ出していけば少しの披露でそれなりの力を出せることに気付いた。
門田たちのいる建物の出入り口まで、静雄と雪乃は連中のど真ん中を進んで行く。静雄を連れてきた門田たちも八咫樗の標的になっているらしく、向こう側からも殴る音や声が聞こえていた。――出口まであと少し……。
「静雄!」
そう思ったところで門田たちとの間に八咫樗のメンバーは既に居なくなっていたようで、入り口近くまでたどり着いた二人に門田が声をかける。視界が開けたと同時に、静雄は敵を見据えるべく踵を返した。しかし、
「余所見してンじゃネェよ!!」
門田たちに気を取られていた――そんなのは言い訳で、雪乃をここから逃がせると、そう思ったが故の油断だったのか。静雄が振り返るその一瞬の隙を突いて、未だ少しは離れたところにいるだろうと思っていた東屋美邦がナイフを握った手を突きつけてきた。
「静雄!!」
咄嗟に身構えた静雄。しかしそれが美邦の攻撃に間に合うはずもなく、傷口から血が滴った。
静雄の体は特別≠ナ、損傷と修復を幾度も繰り返してきた為に骨、及び筋肉は常人のそれとは比べ物にならないくらい丈夫になっている。だから、静雄の身体は刃物をもってしてもそうそう深い傷になることはない。――しかし、
「っ!!」
見開かれる目は門田たちだけのものでは無く、斬りつけた筈の美邦、斬りつけられた筈の静雄、その両人の目も同じように大きく開かれた。辺りにばら撒かれる血と、鉄の匂い。そして人ひとりの影が傾いたのを視認した時、ようやくその場に居た者の身体が動く。
「!!」
冷たいコンクリートに倒れる寸前の雪乃の身体を、静雄はすんでのところで受け止めた。雪乃の切り口から溢れ出る血。美邦によって付けられた傷は、雪乃の首元から縦に大きく走っている。
「ユキ……オレはナイフ程度じゃ――」
「ゴメン、体が勝手に、動いちゃった……」
雪乃を抱きかかえる手とは反対の手を差し出す静雄。雪乃は苦しげに笑顔を浮かべながらも、大丈夫だというように弱々しく静雄の手を握り返した。
「……門田」
震える声と身体を無理矢理鎮め、静雄は直ぐ後ろに立ち尽くす門田に声をかける。すぐさま反応した門田に雪乃を預け、静雄はゆっくりと立ち上がった。
「ユキのこと、頼む」
「……静雄……」
静雄の静かな怒気を感じ取った門田はそれ以上なにも言わず、遊馬崎と狩沢に目配せをし、雪乃の身体をなるべく揺らさないように立たせる。
「静雄……」
本来なら苦痛に苛まれるであろう傷を受けても尚笑顔を浮かべて静雄の名を呼ぶ雪乃に振り返ることなく、静雄は雪乃の言葉に耳を傾けた。
「絶対、誰も殺しちゃダメだよ……。会えなくなるのはもう……嫌だから……」
「……あぁ」
――守れそうにねぇけどな……。そう思いながらも雪乃に頷いて見せ、静雄はパキパキと指の骨を鳴らす。狩沢が雪乃をワゴンの後部座席に運び込んだのを見て、門田は補助席に乗り込みドライバーである渡草に「出せ」と言った。ようやく美邦も我に返ったらしく、ナイフについた血を払って口角を上げたまま静雄と対峙する。車が遠ざかる音を聞きながら、静雄は口許に凶悪な笑みを浮かべ、言った。
「テメェら、命が助かるだけだと思え」
♂♀
目が覚めた時、最初に見たのはもうすっかり馴染んでしまった天井だった。窓の外は既に暗く、リヴィングの方からは僅かな光と声が漏れてくる。――新羅さんの家……?
「……っ、」
体を起こそうと身を捩るが、上手く力が入らず情けなくも小さな呻き声が零れてしまった。……今は一体何時だろう。門田や狩沢たちに車内へ運び込まれて、初めのうちは痛みが良い目覚ましになっていたのは覚えている。が、しかし、途中で気を失ったのか、この部屋まで連れられた記憶がない事に気づいた。それが一瞬、美邦に連れ去られた時と重なるがベッドの暖かさが何とかそれを押さえてくれる。……静雄……。
「――雪乃ちゃん?」
新羅の声と共にゆっくりと開かれる扉。滲んだ涙を重い腕で拭き取り、入り口に顔を向けた。
「新羅さん……に、セルティ、さん」
入り口にある電気のスイッチを入れ、明るくなった部屋に二人は入ってくる。セルティがかざすPDAに最早懐かしさすら感じることに気づきつつ、雪乃は文字を目で追った。
『もう起きても平気か?』
「……起き上がるのは難しいですけど、大丈夫です」
そうか、と安心した素振りを見せるセルティの横から、新羅が何時ものような笑顔で顔を出す。そして手近な椅子を傍まで持ってきて腰掛けると、不安げな雪乃に向かって極々当たり前の事を述べるように言葉を放った。
「そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫、静雄は羸弱じゃあないよ。相手が静雄ともなると心配なのは寧ろ相手の方だろうね」
にっこりと笑みを湛える新羅を見て、目頭が熱くなるのを感じる雪乃。事情は門田たちから聞いたのだろう。しかし、自分を気にかけて慰めの言葉を掛けてくれることに雪乃は涙した。
「有り難うございます……新羅さん……」
「それで雪乃ちゃん。今回の、その傷の事なんだけど」
セルティが雪乃の涙を拭ったのを見て、新羅は雪乃の厳重に包帯が巻かれている箇所――首元の傷を指さす。
「その怪我の事で少し話があるんだ」
第12話end...