ありがとう、また明日



抜糸が終わり雪乃の傷が塞がるまでの数週間、雪乃は忙しい日々を送った。登校日は来良学園に通い、放課後になれば新しい物件探し。休日には新居に持ち込む予定の家具や雑貨を買いに出かける。そして新羅とセルティの暮らすアパートの一室へと帰る日々。『新しい物件が見つかりそこで暮らす手筈が整うまで』という期限をつけ、雪乃は今しばらく二人の世話になることを選んだ。その間であっても、静雄は仕事の合間や仕事終わりに雪乃の元へと顔を出す。時には公園で、時には雑貨屋で、時には新羅とセルティの住まいで、雪乃は『また明日』と言える日々を静雄と共に過ごした。そんな心地の良い日々を送り、とうとう別れの時はやってくる。



           ♂♀



「新羅さん、セルティさん、長い間お世話になりました」

某高級アパートの一室、その玄関先で雪乃は深々と頭を下げた。セルティが繕ってくれた上着を羽織り、初めてこの場所に来た時と同じいでたちで顔を上げる。しかしその表情は年相応の穏やかなもので、これまで彼女を苛んでいた影はない。

セルティは手元のPDAをかざしてそこに打ち込まれる文字を雪乃に示した。

『新しいところに行っても元気でね、雪乃ちゃん』

はにかんで「はい」と短く答える短く答える雪乃を見て、顔もないのに心なしかしゅんとしたように見えるセルティ。そんなセルティを元気づけるように新羅は軽快に声を上げる。

「まあまあ、二人とも。一期一会とは言うけれど、この狭い日本――その中でも圧倒的に小さなこの街に一緒に暮らしてるんだ。いつだって会えるよ」

「そうですよね。お二人の顔を見たくなったらまた訪ねます」

『私に顔はないがな』

今回起きた一連の出来事を考え、新居は池袋から離そうかと考えた雪乃。しかし学校も池袋にあるし、この優しい都市伝説や偏執狂とも言える闇医者と出会った街だ。この街から出るという結論には至らなかった。それに何より――……。

「それじゃあ、セルティさん、新羅さん、またいつか」

もう一度軽くお辞儀をし、手を振ってから玄関の扉を開ける。アパートの一階までエレベーターで下り、アパートから踏み出した。高い位置から照らす太陽に目を一瞬細めると、すぐ近くから声を掛けられる。

「挨拶、もういいのか?」

その声に向かって振り返り、雪乃は眉を下げて駆け寄った。

「うん。お待たせ、静雄」

「じゃあ行くか」

そう言って雪乃の頭をひとつ撫で、静雄は雪乃の新居へと歩き出す。雪乃も同時に静雄の隣へと足を踏み出した。






愛されたかった少女は長い間人を傷つけ、傷ついてきた。そんな彼女を受け止めた喧嘩人形は少女の事情を受け止め、心を受け止め、少女を一人の人間に戻す。そして二人の物語は幕を閉じ、長く長く、続いていく――。









           喧嘩人形と愛でられる少女end...
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