東屋美邦



東屋美邦は思い出す。自らの青春と、それがどうしてここに至ったのかという過程を。

家の事情で都内に越してきた小学校高学年になったばかりの頃。周りに上手く馴染めない美邦に初めて出来た友人と呼べる相手が、彼だった。彼は中学三年生になると揃いの色をした衣服を身につけたグループを作り上げる。彼をリーダーとし、彼と仲のいい数名で組まれたグループに誘われたら、美邦にそれを断る理由はなかった。

年端もいかない少年少女がツルんで群れているだけのグループ。"カラーギャング"と名乗るには幼稚なそのグループに美邦が参加し始めた時、一雪乃は既にリーダーと程近い立ち位置にいたように思う。リーダーと彼女は友人以上の仲であろう事は、グループへ加入して日が浅い美邦でも直ぐに察することができた。他人と接する能力が何よりも未熟で、本人もそれを自覚している。しかしながら他人に対して敵意を持たず、それ故か他人からは警戒されないような、普段から少しばかり隙のある雰囲気で彼女はグループのメンバーと打ち解けるのに時間はかからなかった。やがてグループの規模は増し"八咫樗"という名を持った後でも、彼女はリーダーを中心とした、リーダーや美邦と付き合いが長いメンバーと良好な関係を保っていた。

街で仲間たちとたむろし、時折小競り合いというにも小規模な喧嘩を他のグループと起こしながらも、若者らしく楽しい毎日を過ごしていたある日。グループは突如としてその中心を失うこととなった。

――リーダーが平和島静雄に喧嘩を売って返り討ちに遭った挙句、ヤバいものにまで手を出していた事が警察にバレてしょっ引かれた。

事の翌日、美邦の耳に入った報せは普段通りの日常に投げ込まれたそれは小石というにはあまりに大きく、リーダーと親しく、彼とつるむだけが目的だった中心メンバーは軒並み八咫樗を離れていった。一雪乃も例外ではなく、翌日から彼女の唯一の居場所だった筈のそこに、彼女の姿はもうなかった。

残ったのは"カラーギャング八咫樗"を望み、美邦から見れば後から加入してきた新参者だけ。あの時どうして自分がそこに留まったのかはもう覚えていない。ただ、グループを、メンバーを危険に曝してまでヤバいものに手を出したリーダーを疑問に思い、同時に嫌悪した。自分の居場所と同じ場所で青春を謳歌するのでは満足できなかったのか。その感情の裏に、リーダーの立場を、一雪乃の隣という立ち位置を羨む気持ちがあった事には気付かず、美邦は自分の中で既に瓦解した八咫樗にズルズルと付き合っていった。


そして契機は、折原臨也と名乗る情報屋からの接触だった。彼は美邦に、八咫樗が事実上崩壊する事になったあの日の夜に起こった出来事の詳細と、一雪乃の素性を事細かにして聞かせた。最後には一雪乃が平和島静雄に興味を持っているという事実を仄めかせて囁く。――『復讐するなら協力するよ』。

平和島静雄に恨みが無かった訳ではない。それに聞き知っていた情報屋の噂から、奴は平和島静雄を事に巻き込んでどうにかしたいだけなのだろうという思惑も察することは出来た。――確かにそれも臨也の目論見ではあったが、学生の手腕で平和島静雄をどうにかできるとは彼も思っておらず、第一の目的はやはり人間観察だった――それでも臨也の言う通りに動こうと思ったのは、臨也の情報が確かであることを知っていたからと、それ故に確認しておきたいことがあったからだった。

それらのためにまず、情報屋の知る、平和島静雄と交流の深い運び屋に、雪乃の素性を事細かに記載した書類を運ばせた。宛先はその運び屋の自宅。数日後に届けられるようにしたそれをポストに投函するように仕向け、途中で八咫樗のメンバーに奪取させる。その後は帰る家を無くした雪乃が通るであろう裏路地まで運び屋をおびき出し、二人を引き合わせてから雪乃を負傷させて引き上げさせる。目の前で傷ついた行先のない女子供を運び屋は放ってはおかないだろうという臨也の読み通りに事は運んだ。雪乃の暮らすアパートに侵入して発火を仕掛けたのも八咫樗のメンバーで、情もなく好きに使える駒があるのは助かると、その時初めて美邦は現在の八咫樗を得意に思った。

それからは雪乃と静雄を引き合わせて様子を伺った。平和島静雄に対して復讐という感情があるのか。雪乃は自分の素性の自覚があるのか。もしあるのなら、リーダーの身に起こった事をどう思っているのか。八咫樗に起こった事をどう思っているのか。――今は自分がリーダーである八咫樗に戻ってくる気はあるのか。――自分の隣は居場所にならないのか。それらを知りたいがために情報屋の言葉に乗り、事を起こしてきた。

……――結果は、

――考えるまでもネェな。

眼前に広がる光景を見て、美邦は心の中で悪態をつく。倒れ伏している事に何の情も沸かない八咫樗のメンバーたち。雪乃の血が付着したナイフ。耳に残るのは雪乃が発する拒絶の言葉。一体どこを間違えてこうなったのか見当も付かなかった。持っていたものを失って残ったのは平和島静雄に対する偽りの嫌悪。しかしそれも先程の雪乃とのやり取りを見て本物に変わった。それすらも失うのだろうと脳裏で分かっていながらもナイフを振り上げる。

次に目を覚ました時、自分はきっと一雪乃とはこれまでにない程の隔たりが出来ているのだろう。これが、自分が始めた事の辿り着く先かと悟り、平和島静雄の反撃というには一方的な打撃を受ける。気を失うその時、いつかリーダーの隣で彼女が浮かべていた笑顔が走馬灯の様に思い出された。


TOP