夏風駘蕩



頭上から照り付ける太陽と焼けたアスファルトに挟まれて気温以上の厚さを感じながら、それでも歩みを止めず目的地を目指す――聞いた話によれば鬼子母神を祀っているらしい神社で待つ、彼の所へ。


愛用しているショルダーバッグの肩紐を掛け直し、目的地へと踏み込んだ。待ち合わせ時間より余裕をもって来たから、彼はまだ来ていないだろうと思いながら神社の敷地内へと視線を巡らせる。

「ユキ!」

すると、神社の影から顔を出して手を振る、バーテン服の彼――静雄がこちらを見て声を上げた。彼の昼休憩に合わせて決めた時間よりも早めに来たため、彼がいることに驚きながらも笑顔で駆け寄る。

「静雄!随分早かったね、時間は大丈夫なの?」

荷物を降ろしながらそう問いかけると、静雄が答える前に神社に凭れ掛かる静雄の上司――トムさんが軽く手を上げながら答えた。

「午前最後の回収が予定よりあっさり済んだもんでさ、なら早めに休憩にすっかーってな。今昼飯を食い終わったとこだ」
「そうなんですね――」
「雪乃先輩だーーーーーーー!!」
「……久……」

トムさんの言葉に相槌を打っていると、突然背後から衝撃を受けてつんのめってしまう。慌てて後ろを振り向くと、そこにはお馴染み臨也さんの妹である双子――九瑠璃ちゃんと舞流ちゃんがいた。そのポーズからして舞流ちゃんが飛びかかってきた事は明らかで、しかし本人は明朗快活に笑うものだから、怒りなんて沸いてこよう筈もない。……もしもこれが計算の上なら、なんて、いくらあの臨也さんの妹だといっても流石にそれはないか。それにしても、どうして二人がここに居るんだろう。気を取り直して身体ごと二人の方を向くと、

「あれ?」
「……久しぶり、雪乃おねえちゃん」

おろおろといった擬態語がぴったりの様子で、九瑠璃ちゃんの影から茜ちゃんが姿を現した。静雄経由で知り合ったこの三人。もしかしたら静雄が声を掛けたのかな。頭の中でそう考えたのが舞流ちゃんに伝わったらしく、彼女はカラカラと笑いながら口を開く。

「ジム帰りにたまたま神社の前を通ったら静雄さんがいるのが見えて声かけよーって思ってたら雪乃先輩が先に静雄さんに駆け寄ってたからつい!」

てへぺろ☆と舌を出してウインクする舞流ちゃん。そう言えば二人が通ってるジムに茜ちゃんも行ってるんだったっけ。

「それで、皆してどうしたの?静雄さんは仕事じゃないの?もしかして私たちお邪魔かな?」

矢継ぎ早に疑問を口にする舞流ちゃんに、トムさんは少し呆れ顔で静雄の肩を小突いた。それに静雄と、私も漸くハッとする。

「最近暑さが半端じゃないから、静雄と休憩中にどうかなって言ってたんだよね」
「悪いな、全部任せちまって」

サングラスを外しながらそう言う静雄の前に鞄を差し出す。荷物を苦労して押し込んだはいいけど、取り出すのも一人じゃ苦労しそうで、静雄と二人で中のものを取り出した。想定では静雄とトムさんとヴァローナさんと私の四人だったけど、予期せぬメンバーの登場で、果たして材料は足りるんだろうか。荷物をすべて取り出した鞄の上に置いたそれを見て、女の子三人とヴァローナさんは目を丸くした。

「それは、如何様な用途で使用する道具ですか」
「知らないの、ヴァローナさん。これは夏の風物詩!かき氷を作るかき氷機ですよ!」
「かき氷機……。私が知る物より少々作りがチープが過ぎる様です」
「家庭用ですからね」
「ユキがかき氷機を買ったって聞いて久しぶりに食べたくなってよ。昨日ユキと話してたら休憩中でよければ今日でもって言ってくれてな」

正直嬉し気に笑ってくれる静雄が見られただけでもう満たされてしまう。けれど折角皆が揃ってるんだしと、シロップを並べて順番に注文を取り、途中で削るのを交替したりしてひたすら氷を削っていった。用意した氷で何とか人数分は足りたみたいで、種類は少ないけど皆好きなシロップを掛けてかき氷を口に含んだ。

「なんか学生の頃を思い出すなあ」
「そうっスね」

静雄とトムさんのそんな会話を聞きながら、最後に自分の氷を削り終わって静雄の隣に腰かけた。

「さんきゅな、ユキ」

そう言って笑いかける静雄に微笑み返して、かき氷を口に運ぶ。ああ、楽しいなあ。ついこの前までは、静雄とこんな日常を送れるなんて思ってなかったけど。静雄だけじゃなくて、トムさんやヴァローナさん、舞流ちゃん九瑠璃ちゃんに茜ちゃん。静雄の事を好きな人たちと仲良くできるっていうのは、悪い気分じゃない。氷が触れて冷たくなった部分で、この日常を守るためなら何だってしようと冷静に考えながら。それでも静雄と共に在ることで暖かくなった部分は、かき氷では冷えることはない。
皆がかき氷を食べ終わり静雄たちが仕事に戻る頃、また明日と、静雄と挨拶を交わした。明日にならなくてもきっと今日の事を夜、静雄と今日の事を語らいあうんだろう。自分の携帯電話を握りしめ、抑えきれない欣幸が口元に浮かぶのを感じながら、今日も帰路へと辿り着いた。


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