喧嘩人形と十数日間/非日常+何か



遮光カーテンの隙間から注ぐ日光で目が覚めた。寝ぼけ眼で天井を仰いだ雪乃は、ゆっくりと上半身を起こして周りを見回す。

「……そうだった…。新羅さんちに泊まらせてもらってたんだっけ…」

昨日起こった出来事を思い返しながらベッドに座ったまま遮光カーテンを全開にする。眩しい日光に目を細める雪乃。太陽はすでに高く昇っており、壁にかけてある時計の短針は11と12の間を指していた。眠たい目を擦りながら着替えを始めて、あることに気づき、思わず独り言を零す。

「あれ?昨日着てた服が無い…」

前日、変な男に襲われて破れた服が無くなっていたのだ。自分で繕ってからコインラドリーにでも持っていこうと思って鞄に乗せておいたのだが、影も形も無くなっている。疑問に思いながらも着替え終わり、取り敢えずこれからのことを相談しようと雪乃はリヴィングに足を運んだ。
なるべく五月蝿い音を立てないようリヴィングに入ると、ソファに座る新羅とセルティが見えた。二人は一緒にテレビを見ているようで、近くで見ていると本当に仲がいいことが伺える。あまりの仲の睦まじさに頬を緩めていると、セルティが雪乃の気配に気づきソファの前のテーブルに置いてあったPDAを手に取った。そのセルティの行動を見た新羅は首を捻って雪乃の姿を視界に納め、笑顔で朝の挨拶をした。

「おはよう。どう?夕べはよく眠れた?」

「あ、はい。おかげ様で。昨日はどうも、お世話になりました」

恭しく頭を下げる雪乃に、セルティが文を打ち込んだPDAを見せる。

『いいんだ。なんならアパートの部屋が修理できるまで泊まっていっても私はいいぞ』

「――!!…有難うございます」

昨日はああ思っていたけどせっかく向けられた厚意だ。断る道理もないよね。もう一度頭を下げる雪乃。よく考えたら、ここに来てから頭を下げてばかりだ。今までのことを考えても、この二人はとても良い人たちだ。とても闇医者と都市伝説なんて思えないくらいに。
そんな感慨に浸っていると、セルティがテーブルに置いてあった衣類に手を伸ばし、それを雪乃に渡した。渡されたそれを広げてみると、昨日自分が着ていた服だと分かった。

『昨日雪乃ちゃんが着ていた服だ。破れたところは一応縫っておいたんだけど…』

服を広げると、昨日破れた所は綺麗に繕われていた。パッと見ただけでは繕ったことは分からない程に。

「すご……。有難うございます。これ、お気に入りだったんです」

服を畳みなおし、それを胸に抱く雪乃。

「あ、今日は服とか……あと、眼鏡も買いに行くんで――」

顔を上げて、部屋に戻ろうと雪乃が振り返りながらそう言っていると、ガチャリ、と音を立ててリヴィングの扉が開いた。

「あ、静雄。やっと起きてきたか」

扉からのっそり姿を現したのは、寝起き感たっぷりの姿をした平和島静雄だった。

「あぁ……。…あ?」

欠伸を噛み殺したような表情をして頷くと、静雄は雪乃の姿に気づく。

「昨日の……」

「あっ、えと…一雪乃です。昨日は…ども…?」


   ♂♀


挨拶に疑問符をつけるという不可思議な行動をとる雪乃に、静雄は思い出せない様子で後頭部を掻く。視線で新羅に助け舟を求める雪乃に、新羅はソファの隣に置いてあった黒い鞄を持ち立ち上がって肩を竦めた。

「この娘は昨日の夜、静雄が酔って眼鏡を割った娘だよ。住んでるアパートが火事で全焼したっていうからここしばらくウチに住んでもらうことになったんだよ」

「ああ、そうか。昨日は悪かったな、色々と」

新羅からの説明を聞いた静雄は雪乃に視線を移すと、おぼろげながらも昨日の夜のことを思いだし、謝罪した。そんな、と両手を左右に振る雪乃と寝起きの静雄とのやり取りを見て新羅はセルティに手招きする。

「僕はこれから出張しなくちゃいけない仕事があるんだけど、セルティもそろそろ仕事の時間だよね?」

言われたセルティは、一度時計に目をやってハッとし、PDAに文字を打ち込む。

『すまない、新羅。忘れるところだった』

慌ててソファから立ち上がるセルティに、その場にいる3人は苦笑いを浮かべる。

「じゃあ、部屋の鍵は私のを置いていくから、出かけたらちゃんと返しに来てくれよ。雪乃ちゃん、静雄っていう怪力無双な用心棒がいるから大丈夫だと思うけど買い物には十分気をつけてね」

「あぁ?何で俺が用心棒なんだよ」

「だって雪乃ちゃんの眼鏡壊したの静雄だろ?そこは弁償しなくちゃ」

「……まぁそうだな」

笑顔で鍵を指で回しながら言う新羅に、静雄は苛つくことなく納得する。今まで黙って流れに任せていた雪乃だが、あまりにも自分の意見を聞き入れないまま流れていくので途中で話の流れに遠慮がちに介入する。

「一人で大丈夫ですけど……」

遠慮の素振りを見せる雪乃に新羅は柔和な笑顔を見せた。

「あんまり遠慮ばかりしてると逆に可愛くないよ?それにさ、静雄も自分で壊したもの弁償しないほど厚顔無恥じゃないしね」

完全に静雄をからかう内容の新羅の台詞だったが、『厚顔無恥』という言葉の意味を知らない静雄はそれに気づかず欠伸をする。当事者である雪乃は、このとき暗夜の道に灯りを見る心地だった。今まであまり他人と関わってこなかったが、今回はあちらから良くしてくれる。やはり、他人から愛されると嬉しいと、実感していた。

「やぁセルティ、遺漏はないかい?」

新羅が笑顔で向いた視線の先には、ヘルメットを装着して既に出かける準備が万端だというセルティが立っていた。セルティは既にPDAを構えており、そこには新羅に向けてメッセージが書かれていた。

『私の準備はもう済んだが…新羅も送って行こうか?』

そのメッセージを見た新羅は随喜の涙を流し、セルティの肩を抱いてリヴィングの扉を開けて、出て行った。

「セルティ!!嬉しいよ!!僕は感激のあまり――……」

新羅に連れられて出て行ったセルティは部屋を出て行く間際、静雄と雪乃に言葉を残して行った。

『この頃は不良が増えてるみたいだから本当に気をつけるんだぞ!』

玄関が閉まる音を境に静寂が降りてきた部屋に、静雄と雪乃がたたずむ。先に言葉を発したのは静雄の方で、机に置かれていった新羅の鍵を取って先ほどまで眠っていた部屋を指した。

「買い物行くんだろ?ならちょっと支度してくっから、待ってくれよ」

言うが早いか静雄は部屋の向こうへと引っ込んで行った。リヴィングに残された雪乃は、ひとり「すみません…」と零していた。


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