喧嘩人形の十数日間/正体の片鱗



校内にチャイムが響き渡ると同時に、教室は喧噪で満たされる。昨日は火事で家が全焼した直後ということで学校から休日を貰った雪乃だったが、この日午前には警察で事情聴取があり、昼からは学校に来ていた。特に誰からも何を言われるということはなく、普段と同じ学園生活が終わった。
――今日も買い物に行かなくちゃ。昨日は眼鏡だけで時間潰れちゃったし……。そう、放課後の予定を頭の中で段取りながら荷物を鞄に仕舞っていると、窓の外を見ている女生徒たちが何やら騒いでいるのが耳に入ってきた。

「校門の前にいる人誰〜?何かカッコよくない?」

「え〜、あれって『平和島静雄』じゃ〜ん」

「うっそ。何でウチの学校にいるわけ?」

――……?静雄さん……?この学校に知り合いでもいるのかな……。
自分をその『知り合い』の対象内だとは思わず、教科書を入れ終わったかばんを持ち教室を出る雪乃。寄り道もせず、学校の誰と話すこともなく靴箱へと向かい、いつものように玄関を出た。校門を少し出たところで静雄が雪乃の存在に気付き、煙草を携帯灰皿に入れて声を掛ける。

「ユキ」

思いもよらぬところで声を掛けられた雪乃は静かに静雄の傍まで近づくと小さく首を傾げた。

「静雄さん、どうしたんですか?」

下校をする生徒たちの視線を集める静雄本人はそんなもの全く気にせずに――そもそも多くの生徒たちの視線が自身に向けられていることに気付いていない様子で話し出す。

「今日も買い物行くんだろ?オレも着いて行っていいか?……用心棒がてらさ」

この、静雄の突然も申し出に少なからず驚いている雪乃は、静雄に『ユキ』と呼ばれている事に気恥ずかしさを感じながらも、

「はい、ありがとうございます」

と、一礼して答えた。


   ♂♀


夕方、ひとつずつ紙袋を持った雪乃と静雄が、商店街を並んで歩く。あとは夕飯の買い出しだけだと言う雪乃に静雄は「そうか」とだけ言い後を着いて行く。
夕方ということもあって人通りが多い商店街。……そのせいかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。静雄が雪乃の傍まで寄り、何かを耳打ちする。雪乃は静かに頷くと静雄とそろってゆっくりと立ち止まり、後ろを向いた。

「おい、てめェら。何さっきからオレたちの後着けてんだ」

静雄が声を発し、雪乃と静雄が見た先の路地裏から、スカーフで顔を覆った数人の若者が出てくる。彼らはカラーギャングらしく、各々が身に着けている布はすべて揃いの色だった。その『色』を目にして表情を硬くした雪乃に静雄は一瞬気を取られるが、若者のうちのひとりがいきなり手にしていた鉄パイプで殴りかかってくる。

「チッ!!話す気なしかよ!」

大きく舌打ちをした静雄は軽々とその一撃を躱して見せ、殴りかかってきた若者を返り討ちにしようと拳を振り上げた。が、その腕は振り下ろされること無く雪乃の手で動きを遮られる。

「ここで暴れたら騒ぎになります!」

「くっそ!」

通行人が多い上に、こんな傍に少女が居たのでは暴れにくい。そう考え、静雄は雪乃の手を掴みその場を駆けだした。後ろから通行人の騒ぎ声と若者が追いかけてきているらしい声が聞こえるが、二人は驚いた顔をして視線を寄越す野次馬を掻き分けて走る。


   ♂♀


「ぜえっ、ぜっ」

後ろから聞こえる苦しそうな呼吸の音に静雄は振り返る。静雄が手を引っ張っている雪乃は百数メートルもしないところで息切れを起こした。それはそうだ。静雄と高校生とでは基礎体力も異なる上に静雄は男で雪乃は女。それに何より静雄は『喧嘩人形』だ。大きな体力差があって当然である。しかし立ち止まることも、どこかに逃げ込むこともできない状況。

「しゃらくせえッ!!」

そう言って、静雄は雪乃を抱きかかえて走り出した。

「ゴホッ、静雄さん……」

「あぁ?」

せき込みながら雪乃は静雄にこっそり耳打ちをし、少し離れたところの路地を指す。静雄はその路地に入り、若者が追ってきているのを確認しながら雪乃の指示通りに路地を曲がる。少しの間走っていると、狭い路地裏に鉄骨やら窓ガラスやらの資材を積んだ大きなトラックが置いてあるところに出た。

「ここでいいです」

そう言って、トラックの横に降ろしてもらった雪乃はトラックの荷台に手を掛ける。

「いたぞ!こっちだ!!」

お決まりの台詞を言いながら角を曲がってきた若者たちは、雪乃と静雄の方に走ってくるが、

「っっ、りゃああぁぁぁあぁぁぁああぁぁあぁぁぁああああっ!!」

という、本人も今まで出したことのないような雪乃の声に恐怖を感じ、瞬時に立ち止まった。その判断は正しく、雪乃はその細腕で資材をたっぷりと積んだ2トンもあろうかという大きなトラックを狭い路地に薙ぎ倒したのだ。ガラガラという資材が倒れる音と、若者たちの叫び声が響く中、呆気にとられる静雄の手を雪乃が引いて走り出した。


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