break out of the nightmare




上を見上げれば輝く星々はその光を見せることはなく、木々の騒めく音と牧の爆ぜる音が鼓膜を揺さぶった。このまま無理に寝付けばいい夢は見れなさそうだと思い、音を立てないように寝床を抜け出す。

スレイやロゼたちが眠っている場所から少し離れた場所でひとつ溜息を吐いた。この灯りのない森林ではどうしても遠い向かいの記憶が蘇ってしまう。――落ち葉が敷き詰められた地面にできる血だまり。赤く染まり倒れ伏す仲間たち。そして、そこにひとり佇むのは赤く染まった獲物をぶら下げた自分の姿――。遠い悪夢を思い出しそうになり、頭をふるグートルーン。何百、何千年と時が過ぎようが消えない記憶を億劫に思いながら樹にもたれ掛かった。

この森に夜行性の憑魔はいないようで、この辺りをひとり散策するのもいいかもしれない。そう思った時だった。

――ガサ
「!!」

背後から前触れもなく聞こえた音に大きく肩が跳ねる。恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには――

「こんな所で何してんだ」
「デゼル……」

暗闇に溶け込む黒装束を身に纏った天族――デゼルの姿があった。ほっと胸を撫で下ろすと、彼は私の顔を覗き込むような仕草をして見せてフと笑う。

「なんだ、お前も幽霊が怖いってクチか?」

意地悪くそう言うデゼルに私は否定することもないかと思いながら苦笑いで返した。

「昔はね、私も怖かった」
「……マジか」
「私だって一応女子ですからね。それに先にあれだけ怖がる人がいたら逆に冷静にならざるを得ないというかね……」

意外そうに呟くデゼルに冗談めかして言うグートルーン。グートルーンのセリフが指すのがロゼだと気付き、デゼルも「確かに」と笑った。――昔はそういうものを怖がるのは私だけだったから問題なかったけど、あれだけ怖がりなロゼがいる上で私まで一緒になって怖がってたら収集つかなくなりそうだしね……。

「眠れないのか」

そうストレートに聞いてくるデゼルに私は小さく頷いて答える。天族に睡眠は必要ないとはいっても、夜眠りにつき朝目覚めると言った習慣を身に着けていると、眠れない夜はどうしても長く感じてしまうもので。デゼルは「そうか」とだけ言って私の隣に座りこんだ。私の夜更かしに付き合ってくれるのだろうか。そう思いながらデゼルと少しだけ距離を置いて足を抱えることにした。

しかしながらデゼルから言葉を発することもなく、私も特に何かを喋らなければと意識することもなく、二人の間に長い沈黙が流れる。傍に誰かがいるだけでこんなにも心地のいい沈黙があるなんて――。不安が込み上げていたさっきまでとは違ってこの胸に満ちるのは安心だろうか。そんな気持ちを覚えながら深呼吸して木々の葉を仰いだ。

「……ほんとに幽霊がいたとしたら、死んだ人にも会えるのかなって、少し思ってた」

沈黙を破ってぽつりとそう呟くグートルーン。デゼルもその気持ちに共感を覚えはするが、自分の持つ感情はそんな細やかなものではなくもっと暗く濁ったものだと心の中で頭を振る。グートルーンの持つ、似ているが余りにも違う感情にデゼルは応えることが出来ずに口を固く結んだ。それでもグートルーンの侘しさを孕んだ言葉に寄り添えるようにと風を操る。

――優しい風が頬を撫でた。するりと首元からすり抜けるそれを追う様に顔をデゼルの方へ向けると、彼は私の開けた距離を詰めて肩が触れるくらいの位置に移動していて。驚いて言葉を詰まらせていると、再び風が促すように私の首元を通った。それでも視線を向けるだけの私にデゼルはとうとう痺れを切らせてぶっきら棒に言う。

「少し寝ろ。……オレがここに居る」

そんな言葉をデゼルからかけられるとは夢にも思わず、つい口元が緩んだ。帽子を押さえて樹に凭れ掛かるデゼルを見て、私も同じ様にデゼルに凭れ掛かる。――優しい風の天族。彼に助けられるのは何回目になるのだろう。そんな事を脳裏で考えながら目を閉じた。きっと今夜は赤よりも黒を思い出す、そんな夢が見られる――。





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