三叉路





森の空を覆う雲がなければ月が真上に輝いて辺りを美しく照らしている、そんな時間帯だろう。しかしこの森林を見て美しいと思える事などこの先一生ないかもしれない。――そんな事を考えながら鎖鎌を操る。黒づくめの彼はペンデュラムと風を巧みに繰りゾンビを攻撃するが、二人がかりだというのにゾンビたちの体力が尽きる気配は一向になかった。少しの傷くらいなら瞬時に塞がってしまい、致命傷にならない。――もしかして、首を撥ねでもしない限り、あのゾンビたちを退治することはできないのだろうか。それを一瞬想像しただけで途方もない絶望感が全身を支配し、指先が思う様に動かせなくなる。

いつまで経っても覚悟を決められない私に、黒ずくめの彼は風でゾンビたちを攻撃しながら声を上げた。

「コイツらは憑魔だ、もうお前のお仲間じゃねえ!」

――憑魔とは、なんなのだろう。確かに異形ではあるが、死んだと思った仲間たちは今動いている。黒ずくめの彼曰く、憑魔や天族が見えるのは霊応力があるものだけらしいが、霊応力のない人が彼らを見たら、それは生前の仲間たちとどう違うのだろうか。あのかつての仲間たちをどうにか――以前に戻すまではいかなくても、殺さずに済む方法はないのだろうか。

そんな迷ってばかりの頭で武器など扱えるわけがなく、鎖を引いて手繰り寄せた鎌を取りこぼしてしまう。その一瞬の隙を突いて一体の――恐らく元は師だったゾンビが飛びかかってくる。直前までの緩慢な動きとは比べ物にならないスピードで接近してきて、それを避けようとして無理な体制をとった結果、積もる落ち葉で足を滑らせて仰向けに転倒する。幸いにも枯れ葉がクッションになって背中の痛みはないに等しいが、気付いた時には目の前にゾンビの姿が。初めの一撃を思い出して早く逃げなければとそう思うが、身体が動くよりも先に脳裏を過去の記憶が駆け巡った。

この森林に来て何度も思い出した仲間たちとの長い旅。物心のついた時から一緒だった彼らとの旅。一つ所に留まったことはないが、それでも彼らのいる場所が私の居場所で、彼らと旅をして世界を見聞きすることこそが私の生きる意味だった。それを失ってしまって、この先どう生きていったいいのだろう。何を見て、何を感じて生きていったらいいのだろう。このまま彼らと同じ場所を最後にするのもいいのかもしれない。そう思って瞼を閉じかけると、ふと仲間たちの――仲間たちとの笑顔を思い出す。

――彼らを取り戻せる術があるならそうしよう。しかし彼らはこうなる前に死んでいる。憑魔になる前に死んでいるのだ。死者を蘇らせることはできないし、ましてや時間を遡り彼らの死をなかった事にする事も私には出来はしない。その揺るぎようのない事実が私の身体を動かした。――それに何より仲間たちに仲間殺しの汚名を着せて、そのまま森を徘徊する化け物にするわけにはいかない。

両足を上げ、腕で地面を押して後ろに向かって転がる。そのまま立ち上がって鎖を力強く引っ張った。勢いよく宙を舞う鎌は直線状にいる目の前のゾンビの首を掠めて戻ってくる。致命傷には至らなかったその傷はたちどころに塞がってしまうが、そのゾンビが再び私に近づくよりも早く突風によってゾンビは後方へ吹き飛ばされた。それとほぼ同時に、跳んできた黒づくめの彼が私の隣に着地する。私の纏う空気が変わったことを感じ取ったのだろう彼はゾンビたちから目を離さずに

「行けるな?」

と、そう確認した。それに対して私はひとつ頷いて見せ、鎖鎌をしっかりと構えて考える。

先程までよりはマシな戦闘ができるだろうがあの治癒力を相手にどうすればいいのか。それこそ頭と胴体を分断すれば動きは止まるのだろうか……。何か方法はないものかと案を絞り出だそうと頭を悩ませ始めたその時、視界の端に黒ずくめの彼が持っていたランタンが視界の端に映る。少し離れた場所にあるそれの中には油がたっぷりと入っていて、未だ火は灯ったままだった。黒ずくめの彼も丁度私と同じことに思い至ったらしく、ちらりと私の方を見る。――でも、この木々が鬱蒼と生い茂り落ち葉の多い森林であのランタンを用いるのは危険じゃないだろうか。そんな懸念が頭を過ぎるが、黒ずくめの彼はその不安を打ち消すように声を上げた。

「オレが天響術でゾンビ共の足を止める。ヤツらの動きが止まったらアレを使え」

言って、彼が手を翳すと同時に辺りに強い風が吹き始める。

「走れ!」

その言葉に押されるようにランタンの傍まで全力疾走をした。ランタンを手に取り振り向くと、一カ所に固まったゾンビたちの周りに猛烈な旋風が巻き起こっていて。その中にいるゾンビたちの肉体は切り刻まれ、同時に足元の落ち葉はすべて吹き飛ばされ地面の肌が顕わになっていた。黒ずくめの彼が風を弱めたその瞬間、ランタンをゾンビたちの中心に向かって投げ込み、鎖鎌を使ってランタンの本体を二つに割る。風に乗った油はゾンビたちへ満遍なく降りかかりその中へと火種が落ちるのをきっかけに一斉に炎が上がった。直前の旋風によってダメージを受けたていたゾンビたちに炎は思いのほか効いているらしく、適度に供給される風によって炎はゾンビたちに抵抗をさせる間もなく激しく燃え盛る。

やがてゾンビたちの呻き声も止み炎の勢いも収まった頃、手の甲に一滴の雫が落ちた。独特の匂いに気付いて空を見上げれば、今度は額、頬と雨粒が落ちてくる。――彼はこの雨を予見していたからあの策を実行したんだろう。――振り始めた雨は一気に量を増し、燃やすもののなくなった炎を呆気なく掻き消した。雨と霧で霞む視界の中心を見ると、焼けた地面の上に骨が転がっていて。ようやく動く気配を無くした仲間たちの亡骸を目前にして――ほっとしたのかそれともやはりショックが大きかったのか――足から力が抜けるのを感じた。身体を支えられず、その場にへたり込んでしまう。

黒ずくめの彼は帽子を押さえ、視線を落したまま私の方へ歩み寄ってくる。そして私の隣に立つと唐突に口を開いた。

「憑魔ってのは穢れから生まれる化け物だ。穢れは憎しみ、妬み、悪意といった感情から生まれるが、現状を受け入れられず自分を偽った時にも発生する。……アイツらは自分たちの死を受け入れられなかったんだろう。オレはヤツらの事もましてやお前の事も知らねえからな……何が心残りがったかまでは知らんが」

――励ましてくれているのだろうか。私の事が心残りだったからそれが穢れに繋がり、憑魔と化したのだと。そしてその未練を断ち切るために仲間たちの面影を残す憑魔たちを殺したことは間違っていないと。そう言ってくれているのだろうか。……それを確認しようとしても、彼は私の気のせいだと言いそうだ。なら私は自分で事実を受け止めて答えを出して進むしかないんだろう。

大きく深呼吸をして空を仰ぐと、大粒の雨が目に入る。それをきっかけに、両目から暖かいものが流れ始めるのを感じた。あの夜流せなかった涙が今になって溢れ始める。そして、震える喉からは涙と一緒に不細工な嗚咽が零れた。久しぶりの自分の声に感慨を覚える事もなく、そのまま子供のように声を上げて泣き続けた。

――とある地域では亡くなった人の亡骸を思い出の品と一緒に燃やすのが弔いになるとしているそうだ。せめてあの猛火が仲間たちの魂を浄化してくれればと切願って。





自然と涙が止まった後は、ロゼたちに不審に思われないようにその場の後片付けを行った。仲間たちの骨を元の場所に埋め直し、落ち葉が無くなり不自然に地面を覗かせるそこには適当にかき集めた枝や落ち葉を撒く。そうしている間も黒ずくめの彼は手伝ってこそくれなかったが最後まで付き合ってくれた。戦闘と後片付けでドロドロになったジャケットを脱ぎながら一息ついていると、雨音に混じって葉を踏む音が聞こえる。ハッとして音の方へと視線を向けるが、物陰に隠れているであろう気配は先程の憑魔のようなものではなく人間のもののように感じた。少しの間その先を見つめても姿を現してくれる気配はないので、予想する人物の名前を呼ぶ。

「――ロゼ、でしょ?」
「……声、出せるようになったんだね、グートルーン」
「……うん、おかげさまで」

観念したかのように物陰から姿を現したのは仮面を付けたロゼだった。その黒装束を目にして、まるでパズルのピースが揃ったかのようにあの時の光景を思い出す。――仲間が襲われ、私が襲われたその時。あの時私の首を絞める男の手を跳ね除けたのが黒ずくめの天族の彼で、あの男の首をひと掻きして殺し、『眠りよ康寧たれ』と呟いたのが目の前の恰好をしたロゼで。やっぱり彼とロゼは仲間だったのか。……彼が天族で、彼の姿をロゼは見えていない様子なのを見ると一言に仲間と言っていいのかは疑問ではあるが。

仮面を外して静かに近づいてくるロゼの横には同じ装いをした三人がいて。きっと遺跡の中で姿を見なかったエギーユとフィル、トルメだろう。彼らに囲まれた私はその品定めするような視線に居心地の悪さを感じながらも、頭の奥ではそれは彼らの素性を考えれば当然の事かと冷静に思った。黒ずくめの彼が話していた暗殺ギルドとはセキレイの羽のもう一つの姿。そしてそれを偶然にも知ってしまった私をこのまま解放してしまったら……そのリスクを考えたら当然だろう。それでも命を助けられた私からすると、彼女たちの仕事を頭から否定することはできない。だから、私が声を取り戻し、あの時の状況を思い出したらロゼたちに言うべき事はひとつしかなかった。

「あの時助けてくれてありがとう」

その言葉を聞いたロゼは少しだけ驚いた表情を浮かべて、直ぐに真剣なそれに戻す。

「あたしたちの事、聞かないんだね」
「私はあの時殺されそうになってた所をロゼたちに助けられた。それだけじゃダメかな」

――正直なところ、人を殺めるという事については肯定的にはなれない。それでもあの時にロゼがあの男を殺してくれたお陰で私は助かったし、憑魔になってしまった仲間を止められたのだ。後者に関しては、誰も生き残らなかったらそもそも憑魔化自体していなかったかもしれないが、それも仮定の話で。もしかしたら全員憑魔になってしまって多くの人を理性もないまま殺してしまっていたかもしれない。だからこそロゼの他の事情は聞けないし、あの時の殺しも否定は出来なくて。それにその後もロゼの私への態度に救われたのも確かだった。

私のそんな気持ちを汲んでくれたのか、ロゼは一言「そうだね」とだけ言っていつもの様に笑う。エギーユたちも私に対しての警戒を解いてくれたのか気配も穏やかなものになり、それ以上ロゼたちの裏稼業に関する話しはしないまま共に遺跡の中へと戻った。





次の日、私が雨の中一人で森林に出ていた事も泥だらけの恰好をしていたことも、お互い様だと思ってくれたのかロゼは何も聞いてこなかった。

翌日、これ以上ここに留まっても仕方がないし、今後は一人で旅を続けてみようかと、そう考えていた。ここで無くしてしまったものを探すためにも、仲間たちと旅をしてきた場所をもう一度巡ってみるというのも悪くないかもしれない。それをロゼに話すとどうやらロゼは私の事を信用してくれているらしく、彼女はひとつの提案を私にしてくれた。

「行くところがないんならあたしたちと一緒にいてもいいんだよ?勿論、グートルーンさえ良ければだけど」

嬉しい提案ではあるけど、今は仲間たちと旅をした事を大切にしたかった。彼らとの思い出を忘れないうちに旅を続けて、新しい何かを見つけたいと思っている。そう言ってロゼの誘いを断ると、ロゼは冗談めかして「残念!」と肩を竦めた。終始そんな調子のロゼに少なからず元気を貰い、私は遺跡を後にする。

「旅先であたしたちの事見つけたら声かけてよね。サービスするからさ」
「うん、ありがとう」

最後にロゼに礼を言い、ヴァーグラン森林へと向かった。手始めにどの道を進もう。昨晩までとは打って変わって晴れ渡った空を見上げて無作為に一歩を踏み出す。優しい風に背中を押された様な気がしたが、振り返ってもそこに彼の姿はなく。今更ながら名前を聞いていなかった事を思い出す。けれど彼らも私も根無し草のようなもの。また会えることもあるだろうと再び前を向いた。森を吹き抜ける風と共に、さあ、どこへ向かおうか――。





[back]