再誕





ドラゴンの咆哮が轟くここ、霊峰レイフォルクに、スレイたち導師一行の姿はあった。グートルーンは霊峰の頂上を見上げ、アイゼンの姿を探す。時折聞こえてくる唸り声のような音は山肌を縫う風の音かそれともアイゼンの声か。恐らく両方だろうと考えながら、グートルーンたちは霊峰へと踏み入った。

一歩一歩進むたび、天族としての本能がここから去れと言っているのが分かる程の穢れを感じるグートルーン。しかしそれをなんとか抑え込みながら頂きを目指す。この山に居ても無事なのはやはりフェニックスのお陰かとちらりとエドナの傘にぶら下がるぬいぐるみを見遣った。すると不安そうな表情で顔を歪めるエドナと目が合い、彼女は「グートルーン」と声を上げる。

「どんな考えがあるのか知らないけど、今のお兄ちゃんにあなたを見分けることができるなんて思わない方がいいわ」
「……分かってるよ」

エドナの事も分からないんだから私を判別できるほど自分が残ってるなんて思えるわけがない――その言葉は口には出さず、静かに視線を前に戻した。今の自分が持っている力だけで本当にアイゼンを浄化できるかは分からない。それでもデゼルがいる今――戦力が揃っている今が一番の好機だと、そう思う。

きっとザビーダもここに来るはずだとなんの根拠もない勘を信じて進んでいると、霊峰の中腹まで登ったあたりで突然の突風が一行の合間を通って進路を遮るように現れた。止んだ風の中から姿を見せたのはやはりザビーダで、鋭い視線で先頭を歩くグートルーンを睨みつける。

「アイゼンに何の用だ、グートルーン。危ないから帰んな」

昔と同じ口調でそう言うザビーダだが、その瞳はこれ以上進むことはいくらグートルーンでも許可できないと、強くそう言っていた。

「オレがアンタをここから先に進ませない理由を、アンタが分からない筈はねぇよなあ」

腰を低く落としながら戦闘の構えを取るザビーダに、グートルーンはそのままの体制で答える。

「……分かるよ。それでも私はアイゼンに戻ってきて欲しいし、これからする事をエドナに見届けて欲しいと思ってる」

1000年前の彼の言葉を――気持ちを尊重するなら、ザビーダの言う様にエドナとここから離れるのが一番いいのかもしれない。それでも、ザビーダに全てを押し付けて私たちだけ何も知らないまま安穏と生きるなんて出来る訳がない。――その為に私は何回も同じ時間を繰り返してきたのだから。

「……例えそれがどんな結果になろうと、私は――自分の舵は自分で取るよ」

傘の内側から驚いた顔で私を見上げるエドナに微笑んで見せ、そののままザビーダへと視線を戻す。ザビーダも少しだけ驚いた表情を見せるがどうやら私の気持ちが通じた様で、すぐに肩を竦めてやれやれと笑って見せた。

「そう言う女だったな、グートルーンは。しょうがねえ、このザビーダ兄さんも手伝ってやるよ」
「ありがとう、ザビーダ」

笑いながら言うザビーダの願っても無い申し出に心からの感謝を口にする。

「それで、あのアイゼンを相手に何をどうしようってんだ?何か策があるんだろうな」
「……うん。これで戦力が揃ったから、今みんなにも話すよ」

腰に手を当てて問いかけてくるザビーダ。私は今まで共に旅をしてきた仲間にすら伝えて居なかった事を伝えようと仲間たちを見渡した。そして私は話し出す。その昔、アイゼンの穢れを焼き尽くすための焔を得る為に自らに誓約を課した事を。そしてデゼルが生き残り、ザビーダが私たちと合流した今が一番の好機だと考えた事を。私は拳を握りしめ、

「みんなにはアイゼンの足止めに専念して貰いたい。……浄化自体は私一人でするわ」

と、反対覚悟でみんなに告げる。

「そんなのいくら誓約をかけていたとして無茶だ!スレイと力を合わせたほうがいいに決まってる」

一番に反論してきたのはやはりミクリオで、 彼の言うことはもっともだとライラが続いた。

「ミクリオさんの仰る通りですわ。スレイさんとお二人で浄化をした方が確実性もありますし、グートルーンさんの負担も少ない筈です」

確かに、私一人で浄化が出来るかは正直なところ分からない。それでもここは譲れない。本人すらきっと望んでいない浄化を行うのは私一人のわがままだ。今のアイゼンと対峙するだけで命の保証はできないのに、それを手伝ってもらっておいて浄化までなんて――というのは半分建前だが、それも含めてどうしても私一人の力でやり遂げたいという想いがある。それを上手く伝えるにはどう言葉にすればいいのかと逡巡していると、ロゼが組んでいた腕を解いて言った。

「あたしはグートルーンに任せてもいいと思う。自分一人でやり遂げたいことって誰にでもあるだろうし。ねぇ、デゼル」
「……何でオレに振る。――まあそもそも、オレは反対できる立場でもねえしな」

意地悪く笑いながらデゼルの顔を覗き込むロゼにデゼルは顔を反らしながら言外にロゼの言葉を肯定する。帽子のツバを引き下げながらデゼルは「だが、」と続けた。

「危なくなれば勿論手を出すぞ」
「……うん」

予想外の助け舟につい顔が緩む。ありがとう、と言うのも何だかおかしい様な気もして、言葉にせずに只頷いた。未だ納得いっていない様子のミクリオはスレイに同意を求めようと視線を向けるが、スレイも真剣な眼差しでロゼに同意する。

「……とりあえずはグートルーンに任せよう。どうしようもなくなったらオレが助けに入るよ」
「……どうしてこうも強情なのばっかりなんだ、うちのパーティは」

そんなスレイを見てミクリオはとうとう観念し、やれやれと肩を落とした。そんなやりとりを見て、それまで一言も発さず沈黙を続けていたエドナが徐に口を開いてグートルーンに問いかける。

「さっき貴女は私に見届けて欲しい……そう言ったわよね。それってどういう意味なのかしら」

表情を隠す様に傘を低く持つエドナに、グートルーンは少しだけ考えて答えた。アイゼンが苦しむところを――ましてや息絶えるところをエドナに見せたいわけじゃない。成功するかどうか分からない、文字通り私の命を代償にしたこの賭けを、ただエドナに伝えずに黙ったまま実行してしまうのは違うと思ったのだ。

「アイゼンが一番大切に思ってるのはエドナで、アイゼンの事を一番大切に思ってるのはエドナでしょ。だから、エドナのいない所でエドナに知らせないままなのは――二人に不誠実だと思ったから」

勿論エドナがそれを拒めば、そのまま私は一人ででもここに来ただろうが。そう、自分が思っている事をそのまま口にする。するとエドナは傘を少しだけ持ち上げて覗かせたその目でグートルーンを見つめる。そしていつもの表情のまま彼女は

「わかったわ。……貴女の好きにして頂戴」

と、静かに言った。





こうして私たちはアイゼンと対峙する覚悟を固めて、霊峰の頂上へと到達する。強く風の吹き荒ぶ中、彼は私たちを待ち構えていたかの様に佇んでいた。領域を感じていたから直に会えるだろうとは思っていたけれどまさかこんなにいきなりだとは。穢れ対策の為に課した誓約が役に立たないのではないか。そんな気持ちになる程の膨大な穢れを感じるがしかし、ここで退く訳にはいかない。アイゼンが導師一行の姿をその瞳に映すと同時にグートルーンは叫んだ。

「みんな、お願い!」

その言葉と同時にスレイ、ロゼ、ミクリオ、ライラは陽動の為動き出す。対するアイゼンはその場から一歩も動かず、尾と翼で応戦する。時折口から吐き出す暗い色をした炎を躱しながら少しずつみんなは近づく。

――一撃でも喰らえば致命傷になる。そんな攻撃を慎重に見極め、とうとうミクリオの天響術がアイゼンの足を捉えた。凍りついた足と地面はすぐに離れるが、その一瞬の隙を突いてデゼルとザビーダがアイゼンの両脇に陣取った。

「行くぞデゼル!!」
「言われるまでもねえ!!」

初めての連携だというのに、二人は目配せもなく同時に『詐欺師』を放つ。地面から伸びた鎖はアイゼンの翼を捉え、彼の動きをひとつ封じた。それから逃れようとアイゼンがもがく前に、グートルーンはこれ迄にないほど力を籠めて地面を叩く。

「詐欺師!!」

使用する技はこれだけだ。いつもなら他に分配する為の力を全てこの技に集中させる。脳裏に浮かぶのは彼からこの技を教わった遠い昔の光景で、グートルーンはそれを強く思い起こしながらもう一つの――最後の力を使った。

「はあああああああああ!!」

グートルーンの掌から発せられた白銀の焔が地面から伸びる鎖を伝い、アイゼンへと燃え移る。苦し気に声を上げて暴れ始めるドラゴンを三人がかりで何とか抑え込む。

「なんて量の焔……!!一体どの様な誓約を……」

驚愕に染まるライラの声はしかしドラゴンの咆哮と焔が彼を焼く音にかき消される。この戦いを少しでも早く終わらせなくてはと更に白銀の焔を焚き上げるグートルーンだが、浄化をしている最中でもアイゼンから溢れる穢れが自身を包むのが分かった。器を持たない身体にドラゴンの穢れは想像以上のダメージを与えてくれているようで。一刻も早く浄化を終わらせないと。手負いのアイゼンを残したまま自分までドラゴン化するという最悪の事態だけは避けなければ――。グートルーンはそう考えながら鎖と焔をそのままに、アイゼンに向かって歩み寄り始める。近づく度に濃くなる穢れを身体が拒絶し、足取りは全身に鉛を付けているかのように重い。それでも一歩一歩、確実にアイゼンに近づいていく。

「グートルーン!!」
「何考えてんだ!」

スレイとデゼルの声が順番に響く。グートルーンは二人に『大丈夫』と微笑んで見せ、目前に迫るアイゼンの顔に目を向けた。苦し気なその眼がグートルーンを捉えると、残った力を振り絞るように口を大きく開けて雄たけびを上げる。既に三人の技を振り切る体力も暴れる気力も無いようで、その様子を見てグートルーンはそっと手を伸ばした。硬く変質した皮膚に触れ、浄化の力を放出して呟く。

「お願いアイゼン――戻ってきて」

その祈りにも似た言葉が響いたその瞬間、ドラゴンを包む焔が一層ゆらめき燃え盛った。一人皆と離れた場所で、エドナはドラゴンの尾が崩れるのを目にする。尾の先が、翼の先が灰のように崩れ霧散してゆくのを。焔はドラゴンの身体を焼き尽くし、やがて猛火の中から何かが落下した。白銀の焔を灯した灰が降り注ぐ中どさりと音を立てて地面に落ちたのは――

「お兄ちゃん!!」

意識を失ったアイゼンだった。

「やった……やったよ!!」
「何てことだ……」
「すっごいじゃんグートルーン!!」
「マジでやりやがったよこのお嬢ちゃん……」

エドナに続いて皆、各々感動の声を上げながらアイゼンの元へ走り寄る。グートルーンはほっとして膝から崩れ落ちそうになるのを堪えながらアイゼンから少しだけ距離を置いた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」

零れ落ちないのが不思議なくらいの涙を両目に溜めて、エドナは横たわるアイゼンの肩を揺する。五回ほど揺さぶられたところでアイゼンは小さく呻き声を上げてゆっくりと瞳を開いた。エドナと同じ碧い瞳が暗い空を捉え、直ぐにその隣のエドナに焦点を合わせる。

「エドナ……か?」

状況を把握できていない頭でもエドナが今にも泣きそうだという事は理解できたらしく、緩慢な動きで腕を上げてエドナの頬に触れた。皮肉にもそれがきっかけになった様で、エドナの涙腺はとうとう音を上げる。ボロボロと零れる涙を隠すようにアイゼンの胸に顔を埋め、声を上げて泣き出すエドナ。その細い肩を抱いてアイゼンは上半身を起こした。

「一体……」

――何が起こってやがる。その言葉を発するよりも先に、アイゼンは自分を見つめる複数の人影にようやく気付く。よく知った顔とそうでない顔。一様に煤汚れた格好をした一同とザビーダを見てアイゼンはひとつの仮定を導き出した。

「ようやくお目覚めかよ、アイゼン」

大きな溜息を吐きながら言うザビーダに、アイゼンは自分の出した結論の答え合わせをするため問いかける。

「オレは……ドラゴンになっていたんだな」

その様々な感情の入り乱れた声とは対照的に、ザビーダはあっけらかんとした調子で答えた。

「あぁそうだよ。まったく、とんでもなく大変だったぜ。ドラゴンになっちまったお前を相手にするのはな」

やれやれと、事もなげに答えるザビーダ。この自分の胸で泣きじゃくる最愛の妹を見て、いつかの約束は果たされなかったのかと理解するアイゼン。複雑な気持ちがアイゼンの胸中を支配するが、それを感じ取ったザビーダは笑いながら頭を振った。

「オレはいつでもヤる気だったんだがなぁ。エドナから新米導師から……邪魔ばっかり入っちまってよ。ま、このザマだ」

その言葉に、アイゼンは一行に目をやる。ライラと若い天族が二人に、人間が二人。その風貌から導師は男の方だろうとあたりを付た。

「……新しい導師のようだな。オレを浄化したのはお前か」

今まで――といってもつい先程まではドラゴンと化していて何百年かの記憶はないが――生きてきた中で一度もドラゴンを浄化したという話は聞いたことがなかった。その破天荒をやってのけたのはこの若い導師だというのか。そう思い問いかけたのだが、スレイは静かに首を横に振って「オレじゃないよ」と言う。ではこの時代には導師以外に浄化の力を操れる者がいるのかと思うが、ようやく落ち着いたらしいエドナが若干の鼻声でアイゼンの想像を覆した。

「お兄ちゃんを浄化したのはグートルーンよ」

アイゼンから体を離し涙を拭いながら言うエドナにアイゼンは目を見開く。――グートルーン。懐かしいその名前にアイゼンは弾かれたようにもう一度一行を見た。ライラ、ザビーダ、エドナ、若き天族二人に、導師と、恐らくその従者。自分の知るグートルーンの姿は見えず、その彷徨ったアイゼンの視線に気付いたデゼルはグートルーンが既にこの場所にいないことに気付く。

「まさかアイツ!!」
「ちょっ、デゼル!?」

言うが早いか、デゼルはこの頂上まで登ってきた麓までの道に向かって駆け出した。何かを察した様子のデゼルに続き、ロゼも驚きながら走り出す。グートルーンがこの場に居いない――それしか状況を把握できていないスレイも残った皆に「デゼルとロゼを追いかけよう!」と、そう言って霊峰の頂上を後にした。

「エドナ、オレたちも行くぞ」

アイゼンはそう言ってエドナを立たせる。そしてスレイたちと共にデゼルの後を追うため数百年ぶりの地面を踏みしめた。





重い足を引き摺るようにして霊峰を下る。アイゼンの無事を確かめた限りはもうここに長居は無用だった。ドラゴンと対峙したことによって穢れに中てられた身体はきっともうドラゴン化まで幾ばくもないだろう。折角アイゼンが戻ってきて、エドナは純粋な涙を流せて。そんな、誰もが望んだ場面に水を差すことはない。

……今まで何回も繰り返した中で、デゼルとアイゼンの死を両方とも回避できたのは今回が初めてだ。こんなに上手くいくことは恐らくこの先ないだろう。だからこそ早くこの場を離れて誓約を解かなければ、また無為に同じ時間を繰り返してしまう。――グートルーンは既に上手く回らない頭でそう考えた。

「グートルーン!!」

何とか霊峰の中腹に差し掛かった辺りで、背後から呼びかけられる。そのよく知った――消したくないと願っていた声に、グートルーンは反射的に振り返ってしまう。視線の先に居たのはやはりデゼルで、彼は全力疾走した後の様に肩で息をしていた。呼吸を整えるために大きく息を吐きながら帽子を被り直すデゼル。まさか追いかけてきているとは思っておらず予想外の事に固まっていると、デゼルはグートルーンに歩み寄りながら言う。

「まさかお前、このままいく気じゃないだろうな」

隠れた視線はきっと鋭いのだろう。その刺々しい声音が含んでいるのは何の感情なのか考えないようにしないと、とグートルーンが答えを渋っていると、ロゼをはじめ、仲間たちが山頂へと続く道から駆けてくるのが見えた。グートルーンから滲み出るように漂う穢れを見て、ライラが口を開く。

「グートルーンさん……限界なのですね……」

――そんな悲しい顔をしないで。私は私の望んだ未来に辿り着くことが出来た。だから、後悔なんてないんだよ。そう、言葉を口にしようとするも上手く声にならず口角が上がるだけに留まる。ドラゴンになって殺されるとしたら、せめてみんなの手で殺してほしい――そんな些細な願いならみんなは叶えてくれるだろうか。……それともやっぱり重荷になってしまうだろうか。――やっぱり駄目だ。こんなに優しい人たちに……色んなものを背負ってきたこの人たちにこれ以上余計なものは背負わせられない。

心の内で無理矢理整理をつけ、これだけでも伝えようと、もう既に揺らいでしまった覚悟を立て直すためにも重たい口をなんとか開く。

「……みんながそうやって私を悼んでくれるだけで、私はもう報われたんだよ」

出来るだけ、これまでの想いを伝えられるように。出来るだけ、これからのみんなが早く私の事を忘れられるように。そう願いながら口にした。しかし――

「オレにはそうは見えないが」

そう冷たく言い放ったのはアイゼンで、彼は自分を支えるように寄り添うエドナと離れて私を正面から見据える。強い意志を湛えたアイゼンの瞳は真っすぐ見つめるだけで奥底に沈めたはずの気持ちを暴かれそうで。無意識に視線をずらすと、アイゼンが私へと歩み寄る気配がした。もうみんなから離れる気力も覚悟も削がれてしまいそのまま動けずにいると、アイゼンの手が私の頬に触れる。その指が私の目元を撫でて初めて私は自分の頬が濡れていることに気付いた。

――今でも確かに後悔はない。けどもうとっくに未練は募り切ってしまっている。成し遂げたかったことと自分の下心とで板挟みで、身体だけでなく心まで限界が近いのを感じた。そんな私を、アイゼンは分かってか分からずか、さらに揺さぶりをかける。

「グートルーン……お前の望みは何だ」

そのアイゼンらしい取り繕わない真っすぐな言葉を聞いて、とうとうグートルーンの心は決壊した。堪えていた涙がとめどなく溢れ、大粒の涙がぼたぼたと零れ落ちる。

「私も、デゼルと――アイゼンと一緒に生きていきたい――!でも、自分のエゴで今まで何回も繰り返して、やっとたどり着いたのにッ。また二人を死なせないで済む未来を辿れるかも分からないのにッ……。それでも私は二人と――みんなと一緒にいたい――!!」

一度過ごした時間を戻ること――それだけでも業が深いのに。過去を捻じ曲げ、死ぬはずの者をその未来から遠ざけ、その上その未来に自分も生きていたいなんて――。今まで考えないようにしてきたことをあのアイゼンに引き出され、何も考えられないまま本心を吐き出すグートルーン。アイゼンは嗚咽を上げるグートルーンを見て、先程エドナにしたようにその肩に手を掛け、引き寄せた。

ずっと昔、共に旅をした時には見たことのないグートルーンの涙。人間であれば年相応であろうその泣き顔に、どれだけの物を背負っていたのかと思いを馳せるアイゼン。導師と共にいた若き天族――デゼルといったか。自分だけではなく彼の命さえも背負っていたのか。そう考えながら、グートルーンの涙が止まるのを静かに待つ。やがて落ち着いたらしいグートルーンはその身に受ける穢れをものともしていないような表情で顔を上げた。

鼻をすすって赤くなった目を擦るグートルーンはふふ、と一つだけ笑いを零してアイゼンの腕から身体を離す。

「……ありがとうアイゼン。お陰で私も闘う覚悟ができたよ」

そう言って微笑むグートルーンはしかし、その身体から穢れを湧きあがらせたままで。しかしその言葉は気休めではなく、グートルーンなりの考えがあることが伝わってくきた。アイゼンは「そうか」とだけ返事をし、それを受けたグートルーンは心配げに成り行きを見守っていた仲間たちを今一度見回して声を上げる。

「ありがとう、みんな。私を心配してくれて。――だから私も最後まであがいてみせるよ」

グートルーンの言う言葉の意味を真に理解できる者は一人もいない。それでもグートルーンの屈託のない笑顔を受けて皆は少しだけ安心した様子を見せた。――アイゼンが自分の気持ちと向き合わせてくれたおかげで、雀の涙ほど穢れは薄れた気がする。どのみち私はこのままドラゴンになってしまうだろう。けれど今はデゼルもいてアイゼンもいて。きっと二人は私を次の時間へと旅立たせてくれる。

私が時間を遡ったあと、それまで一緒に過ごしていたみんなはどうなるのか、世界はどうなるのかは考えたこともなかったし、これから先も答えを出すことはないだろう。――でも、もしもこの先彼らの未来があるのだとしたら、私は彼らの未来も続いていくことを願わずにはいられなかった。

「デゼル、アイゼン。さようなら。――できれば、私の事を忘れずに、どうか幸せになってね」

そう呟いて、私の視界は暗闇に押し潰される。不思議と苦しみは感じず、それは微睡みの中へ落ちる感覚に似ていた。――私の希望を彼らが赦してくれるなら、私は最後のその時までみっともなく足掻いてみせるよ――……。





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