That's his way



「ごめんね、アイゼン」

ぽつりとそう言ったグートルーンは自分に対して敵意を剥き出しにするノルミン――フェニックスの隣に付く。驚くオレたちを他所にグートルーンは獲物を手にして戦闘の構えを取った。

「ム!汝が見方とは心強い!」

そうほざくフェニックスはその場で何発かパンチを繰り出し、「ゆくぞ!」と地面を蹴って向かってくる。

「何故グートルーンと戦わなくてはいけないのですか!?」
「これも死神の力の内なんじゃないの」

動揺を隠せず槍を振るうエレノアに、ベルベットが半ばあきれた様子で皮肉っぽく返した。一目散にオレ目がけて攻撃を仕掛けてくるフェニックスだが、一対一になる前に強敵好きのロクロウが横から割って入ってくる。売られた喧嘩は買う主義だが、今はこのノルミンよりもヤツの味方に付いたグートルーンの方が気がかりだった。――自分の舵は自分で取る。それがオレの流儀でありそれをよく知っている筈のグートルーンが、この勝負に勝ってオレに妹に会えと、あのフェニックスの様に言うだろうか。彼女は勝負の勝ち負けで相手を自分の意のままに動かそうとする様な女ではない筈だ。そんなグートルーンの真意は測り切れないが、しかし戦闘になったからにはこちらも本気を出していかなければ怪我では済まないだろう。向かってくるグートルーンの動きに合わせて踏み込んだ。



その辺の聖隷とは桁違いの攻撃力であるにも関わらずその実体は小さく捉えられない。そんなフェニックスの苛烈な肉迫攻撃と再三に渡る復活を制したのはアイゼンだった。倒れ伏すフェニックスを視界の端に捉えながら、目の前のアイゼンの動きに集中する。

「お前ひとりでオレに勝つつもりか?」

そう言いながら拳を握るアイゼンは恐らく私相手には本気を出していない。それはきっと私がフェニックスの方へ付いた理由が不明瞭だから。私がなぜフェニックスの味方に付いたのか見当を付けかねているであろうアイゼンの拳を躱して私は口を開いた。

「――この勝負に勝ったら、私の頼みをひとつ聞いてほしいの」

間合いと構えはそのままに、アイゼンは訝し気に眉根を寄せる。その無言に促され、私はその先を言葉にした。

「一度でいい。全てのケリが着いてからでいい。……エドナに会って欲しいの」
「断る」

間髪入れずに返ってきた一言に一瞬身を固くしてしまう。しかしいつか見たエドナの涙が脳裏を過ぎり私から後退する意思を掻き消してくれる。

――私とフェニックスが勝てたとしても私が出来るのは『お願い』だけで、勝敗で相手の行動を制限してしまうのはアイゼンの――私の憧れる生き方を否定することに他ならない。だからこれは勝負に勝った方のいう事を聞くだとか、そういう話ではない。この勝負を通じて私の願いが聞き入れられるかどうか、その為に私はフェニックスの方へと付いたのだ。その行為は一種の賭けで。ここまでしたとしても彼が私の気持ちを汲んでくれるかは分からなかった。しかし、それでも私は退くことは出来なかった。――アイゼンが他の生き方が出来ないというなら少しでもその道を広げたい。その為に私はここに居るのだから。

伝え残しがないように、そう思いながらもう一度言葉を紡いでみる。

「二人が会っている間、死神の呪いからは私が必ず守る。だからお願い」
「…………」
「――確かにエドナは誰よりもアイゼンの事を知っていて、アイゼンの手紙を読んだだけで、アイゼンの生きる道を理解できる。それだけで二人は通じ合えるんだと思う。それでも私は二人にちゃんと会って話して欲しい」
「――お前には関係のない事だ」

ちゃんとアイゼンに届くようにはっきりと言葉を口にする。しかしアイゼンはこの話は終わりだと言う様に腰を低く落とし、吐き捨てるようにしてそう言った。妹の――エドナの事になると少し大人げなくなる所があるのは知っているし、部外者の私やフェニックスにあれこれ言われるのが気に障るのも理解できる。それに私自身、身勝手なことを言っているというのも自覚している。それでも、ここまで来てその言い草はどうだろう。ただ単純に――勿論ここまでのエドナに関する事に対しての意地の張りっぷりも関係ないとは言い切れないが――仲間に対してのその言い草に柄にもなくカチンと来てしまった。

気付いた時にはアイゼンの間合いに踏み出していて、唯一無二の獲物を振り上げる。ロクロウにして『全身凶器』だと言わしめるアイゼンに近接戦で勝てる見込みはゼロだが、武器を犠牲にしてでも一撃を食らわせるという半ば意地だけでアイゼンに飛びかかった。案の定アイゼンに鎖鎌を弾かれ取りこぼすが、それを想定の内として動いた身体は止まらず、アイゼンの懐に潜りこむ。そして私の出た言葉はまるでただの喧嘩相手に向ける様なそれだった。

「このっ――分からず屋!!」



頬をグートルーンの右手が打った。衝撃も痛みも全くなく、攻撃と言えるのかどうかも怪しいその平手打ちについ面食らってしまう。移動した視線の先では、起き上がったフェニックスとヤツ相手に再び短刀を構えるロクロウが目を見開いてこちらを見ていた。……笑いを堪える様にそっぽを向いて肩を震わせるマギルゥは後で拳骨を食らわせるとして、必死になって妹とオレを会わせようとする目の前の少女に目を向ける。

オレの頬を渾身の力で叩いたのだろう右手を降ろすことすら忘れて、自分で何をしたのか分かっていないかの様な惚けた面のグートルーン。その少女の黒い瞳を見つめたまま、色々な意味で衝撃を受けた頭でオレは考えた。

――同じ時間を何度も繰り返しているのではないか。そんな突拍子も無い仮説を立てたのはマギルゥだった。本人は頑として何も語らなかったが、時折達観した様な表情を見せる彼女のこれまでの様子からしてその仮説もあながち間違いでは無いのではないかと思うようになってしまった。そして、その仮説を前提に彼女の行動を省みると見えてくるのは、彼女が成そうとしていることは何なのか、ということだった。

聖寮との戦いの中、彼女は自分が出来ることと出来ないことの線引きは既に終わっているかのような振る舞いを取ることがある。それでも尚彼女が必死になって足掻こうとする時、そこにあったのは何だったのか。それさえ分かれば、彼女が時間を繰り返してまで変えたいことーー成そうとしている事が見えてくるのだろう。

そこまで考えて目の前のグートルーンを見れば、答えは明白だった。この先の未来で起こる事はオレたちに知る由もないが、今この時代で彼女が何に対して必死になっているかは火を見るより明らかで。――何故そこまでオレに執着するのか、というのは聞くだけ野暮だろう。

「――……分かった……オレの負けだ」

その――恐らく何千年越しの覚悟と執念に観念して、オレは両手を挙げて負けを認めた。妹のことになると熱くなりすぎるのは自覚している。……さっきオレがグートルーンに対して言った言葉も大人気なかった、そう思う。そう口にするが目の前のグートルーンは全く動く気配がなく、果たしてオレの言葉はその耳に届いているのだろうかと心配になる。しかしグートルーンはやがてゆっくりと腕を降ろし自分の頬を抓り始めた。

「……夢じゃねえぞ」

そう言って眉間に皺を寄せて見せると、グートルーンは頬から手を離し目に涙を浮かべて口元を緩める。負けを認めはしたが、あくまで今懐に入っている手紙の内容をエドナに直接伝えるだけで、自分の生き方を変えるつもりはない。――その事はグートルーンも理解してくれているのだろう。すっかり毒気を抜かれたがオレに喧嘩を売ったお返しにと、ふにゃりと間の抜けた笑みを浮かべるグートルーンの頭を軽くはたいた。

「聖寮との戦いにケリが付いたら付き合って貰うぞ」
「勿論、そのつもり」

頭頂部をさすりながら言うグートルーンは、事態の収束を理解したのかようやく拳を下ろしたフェニックスの方を見遣る。

「二人が会っている間、死神の呪いからは私が守る。……だから、フェニックスにはエドナを穢れから守ってあげてほしい。ね、アイゼンそれでいいでしょう」
「まさか、汝はそこまで……」

グートルーンの言葉の意味するところを察したのだろうフェニックスは、その顔の半分はあるんじゃないかという程大きな目を更に見開いた。恐らく奴が持っているのであろう加護の力は『不死鳥』。その死神の呪いと相対する力があれば、この先何があろうとエドナは守られるだろう。

「そうだな……。オレはオレの流儀に従ってお前に命令はしない。だが、できるなら妹を守ってほしい。業魔や穢れ……そして、この先あいつを襲うであろうドラゴンから。命令じゃなく、お前に頼みたい」

暑苦しくも愚直と言っていいほどストレートにオレに向かってきたノルミン聖隷。コイツの思いも言い分も、拳を交わして十分すぎる程伝わった。嘘偽りのない言葉を聞いて、フェニックスはその小さな体のどこから出しているのか、部屋中の空気を震わせる程の声を張り上げる。

「……友よ!その願いしかと受け止めた!」

そう言って不死鳥のポーズをとるフェニックスを見てグートルーンは笑う。小さな体に計り知れない不屈の意志。それを持つのはフェニックスだけではなく、このグートルーンもだ。長きに渡るフェニックスからの度重なる手紙による攻撃から始まり、突如とした裏切りから結局グートルーンの一人勝ち。色々な意味でグートルーンには敵わないと、そう思わざるを得ない戦いだったと一人肩を竦めた。


TOP