冬の名残を運ぶ風がグラウンドを撫でていた。
卒業式を終えた御幸は、まだ制服姿のまま、いつものキャッチャーミットを手にしてベンチに座っていた。背中はいつもより大きく見えて、でもどこか寂しげだった。

「……俺、もうここじゃキャプテンじゃねぇんだな」

ぽつりとこぼした声に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
なまえは背後からそっと近づき、震える声で名前を呼んだ。

「一也くん……」

御幸が振り返ると、そこには涙を堪えきれない顔。困ったように笑いながらも、優しい声で言う。

「泣くなよ。俺は進むから。お前もついてこい。……置いてかねぇよ」

その言葉に、自然と一年間の思い出が胸に蘇る。

――入学したばかりで、まだ右も左も分からなかった頃。
マネージャーとしてボールを拭きながら、ふと見上げるとキャッチャーマスク越しの鋭い眼差しに射抜かれた。

――練習でバタバタして、倒れ込むように保健室に運ばれたとき。
誰よりも早く気づいて支えてくれたのは御幸だった。

――試合に負けて泣いた選手たちを、飄々と笑いながら鼓舞していた背中。
その横で「大丈夫だ」って小声で囁いてくれた彼の声。

どんなときも支えてくれたのは御幸だった。
でも、同じくらい――彼を支えたいと思った自分もいた。

「……本当に、卒業しちゃうんだね」
涙交じりの声が風に消える。

御幸は少し照れたように笑い、鞄から古びたスコアノートを取り出す。
何年もかけて書き込んだ、キャプテンとしての日々が詰まったノート。

「これ、預けとく。俺がここで過ごした証だ。……お守りみてぇなもんだ」

驚いて顔を上げたなまえに、御幸は不器用に鼻を鳴らした。

「次に会うときは、プロのキャッチャーだから。だから信じて待ってろ」

差し出された大きな手。震える指で、なまえはそれをぎゅっと握り返した。
涙でにじんだ視界の向こうに、不器用な笑顔がはっきりと焼きつく。

――絶対に、この人を支え続けたい。

冬空の下で交わした約束は、高校生活の終わりであり、新しい物語の始まりだった。



お話一覧へ/3939.