玄関の鍵が回る音がして、ドアが開いた。
そこに立っていたのは、汗と疲労をまとった男――プロ野球選手、御幸一也。
キャッチャーマスク越しの鋭い視線も、テレビで映る堂々とした立ち姿も、今はどこか色褪せて見えるほどに彼はくたびれていた。
それでも、私の前に現れた瞬間に、張り詰めていた空気がふっと和らぐのを感じた。
「……ただいま」
声は掠れているけれど、その一言に彼らしさが滲む。
私は小さく息を整えてから、笑みを浮かべて迎える。
「おかえりなさい、かずやくん」
その呼び名に、彼の肩がわずかに揺れた。
世間では“御幸選手”と呼ばれる彼も、ここではただの“かずやくん”だ。
「……はぁ。お前の声聞いたら、いっきに体力戻る気がするわ」
大きなため息と共に、彼は私の方へ歩み寄ってくる。
次の瞬間、ぐいっと腰を抱き寄せられた。
「ちょ、汗だく……」
「いいだろ。俺が触りてぇんだから」
苦笑しながらも、その腕の重さと体温に、私の胸の奥までじんわりと温かさが広がっていく。
彼の心臓の鼓動が背中越しに伝わってきて、ああ、本当に帰ってきてくれたんだと実感する。
「今日は特に疲れてるみたいだね」
「んー、まぁな。……でも」
少し顔を上げた御幸の目が、ふいに細められる。
「こうしてお前が待っててくれるから、やってけんだよ」
不意打ちの甘さに、頬が一気に熱を持つ。
プロの世界で戦い続ける彼にとって、自分が支えになれているのだろうか――その問いに答えるように、彼の手はますます強く私を抱き締めてきた。
「なぁ、ちょっとだけこうさせて」
「……うん」
玄関先で抱きしめられたまま、時間が止まったように感じた。
外では“プロ野球選手・御幸一也”。
けれど家に帰れば、弱さも疲れもさらけ出せる“かずやくん”。
その姿を、これからも私だけが知っていける。
そう思うと、胸の奥が甘く痺れた。