◇52 8月18日その後D
「ホリィちゃん……今度はもうちっと楽な仕事にしような……」
「ごめんなさい。肝に銘じます」
レオリオの部屋に帰ってきたとたん、一気に緊張が緩んだ私達は二人して玄関へ倒れ込んだ。
「とにかくま、お互いプロハンターの初仕事、任務完了ってことで」
「ん」
力のないハイタッチを交わして、のろのろ靴を脱ぐ。汚れた上着も脱ぎながらリビングに向かおうとする私をレオリオが呼び止めた。
「ホリィ先風呂入ってこいよ」
「え、いいの?」
「早く使いたいだろ、それ」
シャツから伸びた指が示したのは私の手荷物。昼間の買い物袋に加えて私の手には袋がもう一つ増えていた。中身は悩んでいたヘアコロンシャンプーだ。
「初めてのハンター稼業で買ったのがシャンプーとは。乙女だねぇ」
斡旋所でジュリアーナちゃんと報酬金を交換した帰り道。くたくたの体を引きずって歩く私は虫と同じだった。閉店間際の雑貨店にまだ明かりがついていたのを見て思わず吸い寄せられてしまったのだ。
初めての仕事を終えたあとだし。明日からもいくつか仕事をこなせば金銭面の心配も解消されるし。なによりこの疲労はそっけないシャンプーじゃ癒せないと、魂が叫んでいた。
「このくらいのご褒美はあってもいいでしょ」
「そうだな。じゃ、オレからもご褒美だ」
「え……?」
あまりに唐突で言葉を失う私に、レオリオは知らぬうちに増えていた3つ目の買い物袋をさっと目の前へ突き出した。ほら、と促され、ようやく棒立ちから動き出した私が戸惑いがちに中を覗くと、ジュリアーナちゃんより一回り大きな、正方形に近い形の箱が2箱入っていた。箱の切り取られた部分からはくるんとした輪っかの、取っ手のようなものが見えた。
「これ、マグカップ?」
「いつまでもバラバラってのも味気ねえからな」
「レオリオ〜〜!」
こんな素敵なサプライズプレゼントを見たら、もう疲れなんて跡形もない。軽く飛び跳ねて抱き着いたら受け止めたレオリオはそのまま私を抱き上げた。
「開けていい?」
「もちろん」
中身を見たい。でもレオリオとも離れたくなくて、足を絡ませ抱っこされた状態で箱を開けたら、中には青と黄色のマグカップが入っていた。シンプルだけど、よく見たらどちらも同じ鳥の絵が描いてある。
私が好きな黄色を選んでくれたんだな。この柄はキハールを意識してくれたのかな。私がシャンプーを選んでる間……自分のことしか考えられていない間にレオリオは私のことを考えてくれてたんだ。その全部が幸せで胸の中がいっぱいになった。
「全然気付かなかった!いつの間に買ってくれたの?あの雑貨屋さん?」
「そう。1日遅れちまったが、付き合った記念ってことで」
「嬉しい!ありがとう!」
温かく光るレオリオの瞳に私の唇が吸い寄せられてゆく。だけど、ふっと吐息のかかる、唇と唇が触れるすんでのところで私は顔を離した。
「待って?付き合ったのは今日でしょ?」
遅い時間とはいえ、さすがにまだ日付を越えるような時間じゃない。今日1日色々あったけど、朝空港に向かう車の中でレオリオは私のこと好きって言ってくれたんだから「1日遅れちまったが」というのはヘンだ。
私を軽く抱き上げ直したレオリオは、あまり見ることのない上目づかいでじとっと私を睨んだ。
「昨日だろ。ヤったのは昨日なんだから」
最初っからレオリオって「こう」だった。
甲斐甲斐しく足の手当てをしてくれたと思ったらスカート覗こうとしたり、優しいのかデリカシーないのかほんとーに分かんない!
「違う違う違う!絶対今日!酔ってる時はノーカンって言ったでしょ!絶対ぜーったい!今日が付き合った日!」
心に刻んでもらうため耳元で思いっきりこう叫んでやった。
私がお風呂からあがると、甘いフルーツの香りを共有したかった相手はネイビーのシーツの上で大きないびきをかいていた。
「レオリオーお風呂空いたよー、風邪ひくよー」
朝干したシーツは付けてくれたみたいだけど服は脱ぎっぱなし。タンクトップにトランクス姿で大の字だ。
何度か揺すったけど起きる気配ゼロなので、うろうろ部屋の中を周って探し当てた照明スイッチで電気を消し、隣の空いたスペースへ体を滑り込ませた。
まあいっか。感想は明日聞けば。
朝起きて、お揃いのマグカップでコーヒーを飲みながら聞くのもいいかもね。
「へへ、おやすみ」
明日まで残っていますように、と願いながら毛先をすんと嗅いで目を閉じた。
白壁の切れ込みから、はっと覗くその先。その青。
今日見たあの海のように、今まで知らなかった「嬉しい」や「楽しい」が、レオリオといると私の世界の先でいくつも輝いてみえる。
うっすら目を開けると、やや目が慣れた暗闇の中にでレオリオの横顔がぼんやり縁取られていて、心臓の音がドキドキと少し早まった。
なんて幸せな夜なんだろう。
昨日も思ったけど、今日も新鮮にそう思う。
眠る時も起きた時もずっと、ずーっとレオリオがいてくれればいいのにな。
起こさないようにそっとレオリオの二の腕へほっぺをくっつけて、私はもう一度目を閉じた。
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