私のクラスメートは、まるで母親のようだ。
流行りのゲームアプリに夢中になって日付が変わるまで携帯をいじっていると、睡眠の質が落ちるでしょうがと口うるさくなる。
ピーマンが嫌いだと喚けば、身体に良いものだから食べなさいと諭す。
同級生なのに、まるで自分の子供みたい。
私のこと、なんだと思ってるのかな。

縁があるのか、黒尾とは高校三年間、同じクラスだった。
仲の良い友達とクラスが離れる事はあったけど、黒尾の姿はいつも同じ教室にあった。
毎年、同じクラスにいると向こうも親近感を覚えるのだろうか。
自然と彼との会話は増えていき、顔を合わせれば冗談を言われるくらいの仲にはなった。
会話が増える度に、私の中の黒尾への気持ちも大きくなっていく。
もっと話したい、黒尾といる時間がずっと続けばいいのに。
そんな風に思うことが増えた。
初めて同じクラスになった時は気にもしていなかったのに。


「またピーマン入ってんのォー?」

睡魔との闘いに打ち勝ち、午前中の授業をすべて終えて迎えた昼休み。
私はクラスメートの机と椅子を借りて、友人と昼ご飯を食べようとしていた。
お弁当の蓋を開けてしかめっ面をしているとすぐさま、近くから揶揄うような声が降ってきた。
どきり、と大きな音を立てる心臓。
お弁当から視線をはずして顔を上げると、そこには予想通り黒尾の姿があった。
彼はいつもどおり、右手にお弁当箱が何個か入っていそうな袋を持っていた。
黒尾もまた友人と昼ご飯を食べようと、その移動の最中に声を掛けてきた様子だった。

「また入ってた。もうここまでくると嫌がらせ…」

「食べないのがいけないんでしょうが」

ため息をつく私に、けらけらと笑う黒尾。
だって苦手なものは仕方がないでしょ。
お弁当に視線を戻すと、赤いウインナーの隣には挽肉の詰められたピーマンが一口サイズに切られ、存在を主張していた。
青々とした見た目を見るだけで、ため息が出そうになる。
母がピーマンそのものの味が分からないように味つけをしてお弁当に入れてくれているのに、私はどうしてもこの緑の怪物が苦手で。
お母さんも、わざわざお弁当にピーマンを入れなくてもいいのにな…。
お弁当を用意してくれること自体には感謝しつつも心の中で小さなため息をついていると、また黒尾の声が降ってきた。

「それ、最初に食べたら何か起きるかもよ?」

にやにやとする黒尾の言葉に興味が湧く。
それと同時に、向かいの席にいる友人の耳がなんだか少し大きくなった気がした。

「なにそれ?何があるの?」

「それは食べてからのお楽しみですねえー」

わざとらしい敬語。
どうせろくでもない事なんだろうなと思いつつも、彼からのお楽しみが気になって仕方がない。
うーん、負けた。
そう思うのと同時に、私は青々としたピーマンを一瞬で口に放り込んだ。
すぐさま口の中に広がる、特有の青臭さと苦味。
最早、挽肉の存在などなかったことにされている。
とにかく不味い。
咀嚼すればするほど口の中に広がる苦味に耐えきれなくなる為、大して噛まずに嚥下する。
急いでペットボトルのキャップを回し、お茶を喉に流し込んだ。
眉間に皺を寄せたまま顔を上げると、腹を抱えて笑う黒尾が視界に入った。

「ピーマン食べるのに、どれだけ百面相してるのよ」

「だから本当に嫌いなんだってば」

そうぼやくと、彼は笑うのをやめてふっと呼吸を整えた。
そっと私の机のうえに小さな紙切れを置くと、黒尾は何も言わずにそのまま去っていってしまった。
向かいの席にいる友人の視線を気にしつつも、二つ折りにされたノートの切れ端を左の掌に乗せる。
中身が友人に見えないように、少しだけ掌を丸めてそっと右手で紙切れを開いた。
シャーペンで書かれた、粒の揃った綺麗な文字が視界に飛び込んでくる。

僕と放課後おでかけしませんか、お嬢さん

目を見開いて黒尾の方に視線を移すと、彼はにっと口角を上げて笑っていた。


(つづく)










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