「ピーマンに打ち勝った苗字ちゃん、オメデトー」

なんて大袈裟な言い方なんだか。
昼休みに黒尾がよこした紙切れのことが気になって結局、午後の授業の内容はろくに頭に入らなかった。
放課後、学校から十分ほど歩いた所にある公園で黒尾の姿を見つけ歩み寄ると、彼はにっと笑ってそう言った。

「どうもありがとう」

ろくに目も合わせられず、小さく言葉を返すことしか出来なかった。
赤い顔に気づかれないよう、俯きながら公園の出口へと歩き出すと、彼も足並みを揃えて歩き始めた。
夕暮れ時、オレンジ色の空の下を歩き出した私達の脚は最寄駅の方へと向かっていた。
しっかりと地面を蹴って歩いているはずなのに、その感覚がまるでない。
なんだか、ふわふわとした雲の上を歩いているような気持ちだった。
緊張しないようにって思ってるのに意識しちゃう。
それもそのはず。
三年間同じクラスだったとはいえ、放課後に二人で何処かに行くなんてことは今まで一度もなかったのだ。
黒尾は一年の時からバレー部の主力メンツで忙しく、放課後に誰かと遊びに行くような時間なんて、テスト期間中かたまにあるオフ日しかなかったはず。
そもそも私と彼は顔を合わせれば会話はするけれど、逆に言えばその程度の仲でしかない。
だから、こうして黒尾が私を誘って放課後に自分の隣を歩いていることに緊張しないはずがなかった。

「わざわざ別々に教室を出て、こんな所で待ち合わせなんかしなくても」

ご丁寧に携帯使って連絡なんかしてきて、なんて付け足す黒尾。
連絡先は知っていたものの、携帯を使ってやりとりをしたのは三年間で数えられるほどしかなかった。
たしか二年の時の修学旅行で同じ班になって、班の子達と連絡先を交換した際に黒尾とも交換していたのだ。
連絡先を知ることが出来たものの、どんなことを送ればいいのか分からず、ずっと携帯でやりとりをすることが出来ずにいた。
まさかこんな形で連絡をとる日が来るなんて。

「黒尾のファンの子に目をつけられたら困るから」

「そんな子いませんけど」

嘘ばっかり。
三年間同じクラスで黒尾のことをカッコいいと言う子はそこそこ見てきたし、黒尾が女の子に呼び出されたなんて話が耳に入ってくることも少なくはなかった。
三年間、同じクラスだった私は会えば冗談を言い合うような彼との関係を失うのが恐くて、ずっと行動を起こせずにいた。
どうか誰か一人の大事なひとになんてならないで欲しい。
そんな狡いことを思うことしか出来なかった。
すぐ分かる嘘をつかなくてもいいのになんて考えていると、彼はふうと小さなため息をついて話し始めた。

「あのね、どんなに女の子にキャーキャー言われてもね?」

子供に聞かせるような、優しい口調。
彼の言葉を黙って聞きながらも前を向いて歩く。
なんとなく視線を黒尾の方へ向けてはいけない気がした。

「好きな子に好かれてなかったら俺の中では意味がないのよ」

言葉にびっくりした私は足を止めて、隣を歩いていた彼の顔を見た。
短めの眉がハの字を描いていて、少し困ったような顔で笑っていた。
好きな人に好かれていなかったら意味がない。
がつん、と鈍器で頭を殴られたような気分。
頭の中で何度も反響する彼のその言葉に、私の足は地面に深く沈んでいくような感覚だった。


(つづく)












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