3部1話
「ここがエジプト...」
ぼそりと呟いて、持参した帽子を深く被る。そして日本とはまた違うからりとした暑さや、頬を伝う汗に少し辟易しながら広く舗装のなっていない道路をスーツケース片手に歩きはじめた。
うーん、太陽が照りつけるうちに到着してしまったのは1種の誤算だったかもしれない...。
かと言って日の落ちた夜に海外の観光客が外を歩いていたら、犯罪に巻き込んでくれと言っているようなものだけど。
予約していたホテルで荷物を一旦下ろし、休憩にペットボトルの水を飲みながらそんなことを思う。
私が今回、ここエジプトに来たのは神秘の調査の為だった。
エジプトは古来より多くの神秘が眠っている。具体的にいえばピラミッドなんかがそうだろう。ピラミッド自体は多くの観光客が見に来ているが、実際のところ分かっている事実というのはあまりない。今だって沢山の研究家が研究している真っ最中だ。まぁそんなことはどうだっていいが。
神秘というのは時間の長さに比例する。だからこそ世界三大古代文明の一つと数えられるエジプトへと来たのだ。
「とりあえずこの部屋を工房にしてから今日は休もう......」
部屋を歩き回りながら魔術を張り巡らしてゆく。認識阻害、侵入者対策。そうして部屋の全てを工房として成り立たせた瞬間、ベットへと倒れ込んだ。どうやら日本からエジプトはかなりのフライト時間がかかるためそれなりに疲労が溜まっていたらしい。
まぁ時間はあるのだから、ゆっくりすればいいや。今寝れば多分起きるのは夜中かな。ご飯を食べに行けないことは辛いけど、スーツケースの中にまだ空港で買った軽食が残ってたはずだし...私自身そんな食べるほうじゃないし......。
最後の気力を振り絞ってかけている眼鏡を外す。その瞬間ぼんやりと見え始める赤に見ないふりをして瞼を閉じた。
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時間が進み、太陽がすっぽりと沈んでしばらくに目を覚ます。辺りは昼の暑さを忘れ、薄ぼんやりと月の光が照らすのみである。
ゆっくりと体を起こし、ベッドサイドに置いてぬるくなった水を魔術で冷却してから口へ運ぶ。つけっぱなしの腕時計を見れば、時刻はちょうど深夜零時を過ぎたほどだった。
そのまま寝ぼけ眼でシャワールームへと向かう。昼の灼熱でだいぶかいた汗を流すためだ。
さすがに女子なのだから体臭には気をつけたい。それでなくても、汗でベトベトの服をいつまでも着るのは嫌だ。
鼻歌を歌いながら体を流し、出る頃にはすっかり目はさっぱりと開いていた。ドライヤーで髪を乾かし、何着か持ってきた着替えに着替える。時間を見れば一時前らしい。
火照ったからだを冷やすように窓を開けて夜風を取り込む。そよそよを頬を撫でる風は心地よいものだった。
ふと向こうの通りに人影が見える。
ま、こんな時間に出歩いているのは、裏の人間ぐらいだろう。どうせ面倒事になるだろうから関わらない方がいい。そんなこと言っても朝までの時間つぶしに見るだけ見る。
私は魔術で目を強化してるから見えるだけで、どうせ普通の人間ならば双眼鏡を使わなければ見えない距離だから大丈夫。
それは金髪の男だった。
タートルネックのインナーに髪とおなじ色の服を着ている。そして、その男に寄り添うようにいるのは際どい服を着た女もいるらしい。らしいというのは男の影に隠れて見えるのは背中ががっぱりと開いたドレスとウェーブのかかる長髪しか見えないからである。
なるほど、そこらの夜の街で出会った男女か何がだろう。裏世界の人間じゃなかったけど、見るものじゃないな。
魔術を切ろうとしたその時、男が牙をむきだして女の首に噛み付いた。そして、どくどくと流れ出す血を飲んでいる。暫くして、女は頬を紅潮させたままゆっくりと座り込んだ。男はそれを見つめながら口の端から垂れる血を舐める。そして、ゆっくりと顔を動かし、目が合った。
咄嗟に視界の強化から身体強化に切り替え、いつも持ち歩いているカッターとルーン石を持って外へ飛び出る。
さっきの大丈夫が見事にフリになるとは...だって、まさか吸血鬼だなんて思わないじゃない。もうこの世に存在しているはずがないと思っていたのだから。
確かにこの距離、普通の人間だったら見えない、だけど吸血鬼はどうだろうか。いや、考えるまでもない、あれは確実に目が合った。そしてきっと口封じに私の元へと来るだろう。
ビルの上を飛び、工房から数メートル離れたところで後ろから爆発のような破壊音が鳴り響き、体の向きを変える。どうやら予想は当たったらしい。それと同時に地面にこっそりとルーンを刻み、ビルの構造を把握した。鉄柵に囲まれた屋上、隣には2mほど低いビルが1m先に。
破壊と共に立ち上った土煙が晴れる頃、男が姿を表す。
「人間にしては速い。が、スタンド使いでは無いようだな」
ふむ、まぁそれなら興味はないな。
赤く目を光らせ、そう言った男はこの世のものとは思えないほどの美貌を持っていた。
暗闇で顔までは良く見えていなかったが、これならばあの血を吸われていた女が喜んでいたのも納得できるような、そんな人を惹きつける顔と声だと思う。しかし、研究を成せていない今、彼に殺される訳には行かない。
男はゆっくりと私へと歩く。それに対し、自分も持ってきたカッターの刃を出して、眼鏡を外す。
――そして、ピントを合わせた。
その瞬間今までぼやけていた赤が鮮明に見える。コンクリート、目の前の男、そして空間にまで赤い線は広がっていく。
男は一気に走った。それと同時に私も後ろへと飛んで、刻んでおいたルーンを発動する。その場に炎が上がるが、タイミングが合わなかったらしく男が燃えることは無い。男も男で驚きはするものの此方へ来る足はとめなかった。今度は人差し指を銃のように向け、北欧の呪いであるガンドを打ち出す。しかし、それをどう避けたのか気がついた時には既に手前へと移動し、弾は後ろの壁へと染み込んでいった。
魔術師にとって接近戦は不利に近い。ビルの構造を把握した際、鉄柵がついていることは把握している。足を強化して、鉄柵を足場に隣のビルへと飛んだ。
男は逆に接近戦へと持ち込むべく動く。怯ませるためか鉄柵を力任せに取り、こちらへと投げる。
時速何百キロも出てそうな勢い。さすがに当たればタダでは済まないだろう。
鉄パイプの線をカッターでなぞり、ふたつに別れたそれは私を避けるように飛んだ。
それにまた驚いた男にルーン石を投げ込み、爆発を起こす。すると、男の腕がそこらへと飛んで行った。
男は勢いを殺し、ゆっくりと腕を自身へと付け直す。そして、考え込んだようにその場に立ちどまった。私も止まってその様子を見る。暫くしてから男が口を開いた。
「女、貴様その力はなんだ?」
魔術は男にとって未知の力だったのだろう。それもそうだ、今この世界に残っている魔術師は自分一人なのだから。
男は私の力について尋ねた。ならば、
「...それは一旦停戦と受け取っても?」
「良い」
ふぅと息を吐き出し、カッターをしまい込む。戦闘なんてしたことが無いのだからずっと続けられてしまったら困るところだった。
とりあえず私もスタンドというものを聞きたいということを話して場所の変更を提案する。
さすがに爆発やら、男のパンチやらを受けボロボロのここで話すのは危ないし、立ち話で終わる話でもない。
私の提案に了承した男は着いてこい、と一言告げ踵を返す。聞けば、男のアジトへと向かうらしい。
しばらく歩いて着いたそこは一般的なエジプトの豪邸と言えるような場所だった。悠々と中へ入って歩を進める男に続く。夜だからなのか、それともカーテンを閉め切っているからなのか、どんよりとした雰囲気の中、一層豪華な装飾が施された扉の中に入る。
大きなサイズの天蓋付きベッドに、シンプルな机と椅子が置かれたそこ。男が椅子に座ると、私も男に向かい合うように椅子に座る。
そして懐から石を取りだし、魔術を込めてテーブルの真ん中に置く。
「それは?」
「ただの盗聴防止。私の力は知る人が増えれば増えるほど力を失うからね」
吸血鬼で神秘の塊である彼には話してもいいと判断したが、ほかは違う。不可抗力で見せてしまったこともあるが、それはそれ。少人数だし、口封じもしたし、そもそも彼らが誰かに話すというのは考えずらい。だからといって、大多数にバレる訳にもいかないので、こうやって盗聴されないようにしなければならない。
一言、誰かの名前らしいものを呼んで誰も来ないのを確認すると男は石を確認し始める。一通り確認し終えたのか、またテーブルに話したところで話始めろとでも言うように顎で催促した。
「まず、私の名前は色。ここに合わせれば、色・東だね」
あなたは?と聞けば、DIOとだけ返ってくる。
「そうDIO。私の力、まぁ端的に言ってしまえばこれは魔術というもの」
「魔術...魔法のようなものか?」
「いや、魔法とは違う。そうだな、分かりやすくいえば...0から1を生み出すのが魔法、等価交換が魔術」
まぁもっと細かくあるんだけどそこまで話すと時間が足りなくなるから省略するよ。
そう言えば、まぁ納得はしたのかうむと頷く。
「魔術というのは人々の概念から生み出されるもの。だからこそ人々に知られているものでは無いと使えないし、人々に知られても力が失われる」
「どういうことだ」
「うーん、具体的な例を出そうか。例えば人体だ。人体は皆持っているから知ってるでしょ?けど中身は?解剖がされる前、人々は自分たちの体がどうなってるか分からなかった。分からないということはそこに神秘が生まれる。その神秘を力にして使うのが魔術」
何となく理解はしたのか、してないのか、難しい顔をしている。魔術を知らないものからすれば当たり前だろうが。
「まぁ、そんなこと分からなくても、理論を組み立てればなんだって出来る力と考えてくれればいいよ」
「それは、このDIOにも使えるのか」
「いや、無理だよ。魔術を使うには魔術回路が必要になる。手を動かすのに神経が必要なのと一緒だ。そして一般人にこの魔術回路は生まれない。遺伝だからね」
「そうか......では、次だ。魔術を使えば私を日光に浴びても大丈夫な体にできるのか?」
「あぁ」
できるとも。
にっこりと笑って言えば、DIOも嬉しかったのは笑いが溢れるようだった。
「ま、やってあげてもいいけど、報酬次第だけどね」
「幾らだ」
「金いらない、そんなもの簡単に手に入るし。そうだな一つ何でも願いを叶えてほしい。もちろん君に叶えられる範囲、命の危機がない範囲だよ」
「そんなことでいいのか」
「うん、私の目指すものには必要だから」
目指してたもの?、そう疑わしげに私を見やるDIOを見る。
「それは秘密」
だって、それを話すほどの仲じゃないでしょ?
「私は一度そこを見た。目がこんな変化を迎えた時、一度辿り着いた」
「目?」
「あぁまだ目については話してなかったっけ。私の目、魔眼というんだけど、私は直死の魔眼というものを持っているんだ」
壊していいものない?と尋ねれば、DIOは一本のペンを取り出した。
それを受け取った私は眼鏡を外して、ピントを合わせる。そして線をなぞるように指を動かした。すると、なぞったところが刃物で切ったかのように割れ、インクが溢れ出す。
「これが私の直死の魔眼。生き物、無機物、そして概念の死を見る目」
この魔眼は脳に多大な負荷を与える。それでなくても、死を見続けるというのは常に首に刃物を当てられているようなもの。では何故私は平気なのか」
「そ、根源に触れた時生きることを願った。だからこそ永遠に生きれるように不老になったってわけ」
私の見た目、18歳で止まってるけどもう50年以上は生きてる。
そうやって言えばDIOは深く考え込む。そして一つの考えを出した。
「その根源とやら、このDIOも共に目指すぞ」
あまりにいきなりそう言われて少し驚いた。何でと聞けばDIOはこう答える。
「この私は天国を目指している。そしてその根源を目指すことは天国を目指すことと同じだと判断した」
「......根源に辿り着くのは果てしない神秘への研究が必要でいつになるかも分からなくても?」
「かまわん」
「辿り着くということが死と同じだとしても?」
根源に辿り着いたものは世界の防衛機構で世界から殺される。それに根源にたどり着けば何もかもを知る。何もかもを知れば、人生に苦しみも痛みもない代わりに喜びも希望もなくなる。そんな人生に生きる意味なんてあるのか。
「ふん、その程度なんだ。私は天国に行く、行かねばならない。それにそこまで言うのであれば何故貴様...いやシキは目指すのだ」
「......私は人間として死にたいからだよ。根源に触れて、不老になって、人間をやめた。元々人でなしの私だけど、今を生きる人間に戻りたい」
私は父親のようにはならない。
パンッと手を鳴らし空気を変える。
別にDIOが何を犠牲にしようとも根源へ至るというのなら私に止める権利はないし、協力者として共に歩んでゆくだけである。正直に言って人手が増えるし、神秘も抱えてるしでありがたいし。
ところで。
「私の魔術について教えたんだからスタンド?とやらを聞いても?」
「あぁそうだったな」
ザ・ワールドとDIOが呟く。すると、気が付いた時には既に後ろへと回り込まれていた。きっとこれがスタンドというものの能力なのだろう。感知も出来ず、眼でも分からない。
「瞬間移動か、それとも時を操っているのか...。スタンドっていうのはその特殊な能力のこと?」
「ふむ、慌てもせず流石と言うべきか。私のスタンド能力は時止めだ」
だが、スタンドの力はそれだけでは無い。
そう言っておもむろに先程私が壊したペンを掴んだと思えば、上へと投げ、そして空中で粉々に砕け散った。まぁ要するに物理でも行けるということなのだろう。ペンのあった場所に見える空間の赤い線がスタンドの概念か...。
「どうせ姿は見えていなくとも、その概念とやらも見える眼ならば視えてはいるのだろう?」
「まぁね。それよりスタンドの姿は誰にも見えないの?」
「いや、同じスタンド使いであれば姿が見える。スタンドというのはその人間の精神力だ。だからこそスタンドにダメージを受ければ本体が傷つき、本体にダメージを受ければスタンドが傷つく」
「つまり、特殊な能力を持った自分の分身ってこと...」
これはなかなかに興味深いことである。本を読んだ中でもそんな事例は今まで見た事がなかった。果たして地球のものなのか、それとも外宇宙のものなのか。
「スタンドの覚醒方法は?」
「それは二種類だ。生まれた時から持っているもの、そして特殊な矢を受けたもの」
「矢?」
「これがそうだ」
そう言ってディオは部屋の隅に立てかけられていた矢をテーブルへと持ってきた。丁寧に置かれたそれを見やる。見た目は装飾が施されたただの矢と変わらないし、線も普通。
それならば、成分か。
毒矢と言うものは見た目では判断つかないものである。矢の表面を検査し、毒の成分が検出され初めて毒矢だと分かるのだ。
欠片を取っても?と聞けば、DIOは一本そのままくれるらしい。それならばと鏃を丁寧にハンカチで包み、邪魔にならないテーブルの端へと移動させた。
「この矢について分かってることは?」
「今はない。ただスタンドを出す、としかな」
なるほど、だったら魔術での研究と科学での研究を同時に進めた方がいいかもしれない。科学研究のコネを持っていないから机上の空論のようなものだが。
だいたい知りたいことも聞けて、盗聴防止として置いていた石の魔術を解いて懐へと戻す。すると、あぁ、とDIOが声を上げ顎に手を当てた。
「シキ、今日からここを拠点にしろ」
「......え?」
あまりに唐突なそれにワンテンポ反応が遅れる。その間にDIOはテレンス、と誰かの名前らしいそれを呼んだ。直ぐに扉を開けて入ってきたよく分からないメイクを顔にしている男にテキパキと指示をしている。
きっと、こういうのをカリスマと言うんだろう...じゃなく。
「ちょっと待って!?私ホテル取ってるんだけど」
「だからなんだ。ここの方が貴様にとっても都合がいいだろう」
「それはそうだけど...はぁ分かった。ただし、条件として部屋は私に選ばせてよ」
その後荷物をまとめて、一室に張り巡らせた魔術を何とも言えない感情で全て解いて私はDIOの屋敷の門をくぐった。
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それにしてもカーズは元々研究者気質で私が誘ったというのもあるけど、不死者には根源という存在は魅力的なのだろうか。カーズから返事を貰えればここに不死者トリオが誕生する訳だけど......。
そういえばまだDIOに話してなかったな。
「一人、私が誘ってる最中の人?がいるんだけど」
「誰だそれは」
「カーズって言う人なんだけど、今ちょっと宇宙にいる」
「は?」
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