■ ■ ■

__母さんはね、この花が好きなんだ。だってね、これは……

そう言って笑っていた母のことを思い出しながら、母が好きだと言っていた花を飾る。なんでこの花が好きなのかの理由はよく覚えてはいないが、この花を見る度に顔を綻ばせて笑っているのだから「本当に好きなんだなあ」ということだけは伝わっていた。

飾り終えて、そっとその手に触れた。ほんの少しだけ暖かい。そう思いながら口を開いた。

「暫くさここに来れないと思うんだ。ごめんね、お母さん」

未だに眠る母の表情がその声に反応することはない。それが分かっていても、もしかしたらという期待を胸にいつものようにその目蓋を見つめる。

そういえば、母さんの声忘れちゃったなあ。


◇◆◇



「あれ?もう良いんですか?」

病院の前で待っていてくれた黒宮の言葉に頷いた。彼は自分の腕時計で時間を確認してから、もう一度そう尋ねた。「もう大丈夫です」そう言って笑えば、彼も頷く。

「では、行きましょう」
「はい」

車の助手席に乗り込んだ。エンジンがかかる音がする。ぼんやりとした不安がゆっくりと浮上してくるのを感じながら、窓の外の景色を見た。頭の中ではあの日のことが再生されていた。


◇◆◇



"審神者っていう仕事に興味ないかい?"

そう聞かれたあの日からもう随分の時間が経った。あの時は、確か秋の終わり位だったはずだ。
今は、長くて寒い冬も終わりに近づき、もうすぐそこまで春が来ている。時間が経つのは結構早いものだ…としみじみ思う。

審神者というものを勧められてから少しの間悩んだ。高校というものに憧れがあったのだ。しかし、それよりもこの家から出たい。その気持ちのの方が大きいことにさんざん悩んだ結果気づく。そして、審神者になろうと決意して親戚に話せば「勝手にしろ」とかえってくる。私の進路なんて全く興味のない彼らはただ一言それだけ言った。それに「はい」と頷いてから審神者になりたいという旨を黒宮さんに連絡した。


その後は、黒宮さんから審神者についてや刀剣男子と呼ばれる刀の付喪神などについて少しだけ教えてもらった。どうやら自分は霊力と呼ばれるものが多いらしい。そんな自覚はあまりない。まあ普通の生活をしていればそんなものだと彼は言っていた。確かに。
まあ、それが政府の目に留まり審神者にスカウト(のようなもの)されたというわけだ。

聞いた話によれば、自分と同じくらいの歳で審神者になる人も稀にいるらしい。それを聞いて少しだけほっとした。何となく自分よりも圧倒的に年上の人が多そうなイメージの名前なので、その辺は割と気にしていたのだ。まあ顔を合わせる機会があるのかは分からないけれど聞けてよかった。

◇◆◇



「それにしても、バッサリ切りましたね…」
「ええ、まあ。思い切ってみました。」

ぼんやり眺めていた窓から黒宮さんへと視線を移す。チラリとこちらを見た彼と目が合う。そして短くなった自分の黒髪を撫でながら頷いた。随分長く伸ばしていた黒髪を、中学を卒業した際に思い切ってショートにしてみた。前々から髪を切るタイミングを逃していたことや、新しい生活が始まるということで自分の気持ちを切り替えたいと思っていたこともあり、卒業という節目はいい機会だった。物心ついてからこんなに短かった記憶がないので少し慣れない。でも髪を洗うのは断然楽になったし、手入れも簡単にできるので気に入っている。1つ問題があるとすれば、男の子に間違えられることだ。しかも、身長が低いこともあって小学生の男の子に。つい最近の出来事をふと思い出して、何だか悲しくなった。


「そうだ、伊村さんの行く本丸について何ですけど…」
「はい」

信号が赤だ。ブレーキがかかる。目の前の歩道を色んな人たちが歩いていく。それを見ながら、黒宮さんの言葉を待った。

「……ブラック本丸、と呼ばれるところに決まりました」
「ブラック本丸?」

少しだけ間が空いた。黒宮さんの声が少しだけ低くなった。その反応を見ながら、もう一度「ブラック本丸」と呟いた。なんだそれは。随分と物騒な名前だと内心思う。名前からしてと黒宮さんの反応からしても、あまりいいような印象はなかった。

「本当だったら、初期刀から選んでもらって始めるものなんですけどね…」
「……」

そうつぶやく黒宮をチラリと見れば、何故か悔しそうに顔を歪めていた。確かに以前、彼から話を聞いた時、「初期刀が」と言っていた。

「俺達の上司…、あー、簡単に言うと政府のお偉いさん達が是非伊村さんに…って勝手に推薦しちゃって。ブラック本丸がどれだけ危険か分かっているくせに…」
「そうなんですか」

いつになく顔を歪めるその顔をぼんやりと見つめる。いまいちそのブラック本丸というものがよく分からず、どういう反応をしていいのか分からなかった。

(ブラック本丸かあ)
(わたし、ちゃんとやっていけるかな?)
聴こえないフリを始めよう
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